難民である子どもの国籍取得の可能性  ─子どもの権利条約における無国籍児─

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7月18日 「難民・強制移動民研究」分科会 秋山 肇.pdf
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日本平和学会2015年度春季研究大会

難民・強制移動民研究分科会

 

難民である子どもの国籍取得の可能性

子どもの権利条約における無国籍児

 

国際基督教大学

大学院アーツ・サイエンス研究科博士前期課程

秋山 肇

 

キーワード:無国籍、難民、難民認定申請者、国籍、子どもの権利条約

 

1.はじめに

 本報告は、無国籍の難民認定申請者や難民が子どもの権利条約を根拠に国籍を取得できるかを検討する。難民の地位に関する条約(難民条約)と子どもの権利条約の締約国において、難民である無国籍児、もしくは難民認定申請を行っている無国籍児が、当該無国籍児が子どもの権利条約を根拠に当該国籍を取得できるか、という問題を設定する。

 以上の設定は、両条約の締約国である日本を想定している。日本にはミャンマー出身で無国籍であるロヒンギャの難民や、難民認定申請者が存在する。難民や難民認定申請者が無国籍児であった場合、子どもの出生時からの国籍の取得を規定する子どもの権利条約第7条によって、日本国籍を取得できる可能性がある、というのが報告者の仮説である。

 本報告の意義は、日本における無国籍の難民や、難民認定申請者の国籍取得につながる可能性があることである。国籍の付与は難民認定よりも多くの権利を保障するため、難民としての保護以上の効果を持つであろう。

 

 

2.無国籍と難民

 無国籍と難民には関連性が見られる。まず、無国籍者は「いずれの国家によってもその法の運用において、国民とみなされない者」(無国籍者の地位に関する条約、以下無国籍者地位条約第1条)と定義され、1,000万人以上の無国籍者が存在すると国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は推計している。無国籍が発生する理由として、国籍法の抵触、領土の移転、婚姻、差別、剥奪などの例が挙げられる(UNHCR [1999])。

 無国籍と難民は、歴史的に、現実にも法的にも強いつながりを持ってきた。1920年代以降、無国籍者や難民が国境を越えて移動するようになり、無国籍者や難民への国際的な対応が行われるようになった。しかし第二次世界大戦後、冷戦構造の中、西側の政治的利益が反映される形で、無国籍は難民問題から切り離され、1951年に難民条約、1954年に無国籍者地位条約が採択された。難民条約と無国籍地位条約の内容は類似しているものの、難民条約第33条に規定されるノン・ルフールマン原則などは無国籍者地位条約に反映されていない(阿部[2010; 新垣[2012])。難民条約の締約国は145カ国である一方で、無国籍者地位条約の締約国は86カ国であり(20155月現在)、国際社会の関心の違いを示している。

難民である無国籍者は難民条約の対象となり、難民でない無国籍者と比べると多くの権利が保障されるが、国際法は国籍の取得による無国籍の予防を規定しており、無国籍難民も国籍を取得することができるのではないかと考えた。今日、無国籍の予防の軸となる無国籍の削減に関する条約(無国籍削減条約)の締約国は20155月現在63か国と少ないが、無国籍の予防は「国籍法の抵触についてのある種の問題に関する条約」、「既婚女性の国籍に関する条約」、世界人権宣言第15条、自由権規約第24条、「子どもの権利条約」第7条、「女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」第9条、「障がい者の権利に関する条約」第18にも規定されており、今日の国際法の原則の一つとなっているといえよう。また無国籍の予防の原則は無国籍の難民認定申請者にも適用され、無国籍の難民認定申請者も国籍を取得できるのではないかと考えた。本報告では無国籍の予防を規定する条約の中から、国際人権条約で最も締約国の多い子どもの権利条約を根拠に、難民である無国籍児、及び無国籍の難民認定申請児が国籍を取得できるかを検討する。

 

 

3.子どもの権利条約による無国籍者の国籍の取得

 子どもの権利条約で無国籍者の国籍の取得に関係してくるのは、出生時の国籍の取得を規定する第7条と子どもの最善の利益を定める第3条である。それぞれの起草過程を明らかにし、その上でいかに解釈されているかを検討する。

 

1)第7条:国籍を取得する権利

 出生時から国籍を得る権利は、ポーランドが子どもの権利条約の草案を提出した時から含まれていた。草案では国籍の取得に関する条文が二つに分かれており、第1項では子どもが国籍を取得する権利を有すること、第2項では他国の国籍を取得しない子どもには、子どもが出生した国の国籍が与えられることが規定されていた。しかし、アメリカが第2項を修正する提案を行い、領域内に入った無国籍の子どもが自動的に国籍を得ることは避けるべきであるとした。ポーランドの草案から領域内に入った無国籍の子どもが自動的に国籍を得ることができると考えていたとは想定しにくいが、アメリカが国籍の付与に慎重な姿勢を示していたことが分かる。最終的に、無国籍児に出生国の国籍を与える規定をした第2項は廃案となった。この条文の起草過程では、難民や、難民認定申請者に関する議論は特になかったようである。以上から、第7条は難民、及び難民認定申請を行う無国籍児の国籍取得を想定して起草されたものではないことが分かる。

 子どもの権利条約の実施状況をモニタリングする子どもの権利委員会は、子どもの権利条約第7条が申請者の国籍取得の権利を含むと明示はしていない。しかし、委員会は文書で難民認定申請者に言及している。まず、子どもの権利委員会は、1996年に出された報告書のガイドラインで、無国籍になる子どもや難民である子ども、難民認定申請児について国籍への権利がいかに実現されているかを報告するように促している(Committee on the Rights of the Child [1996])。これ自体から難民である子どもや難民認定申請児の国籍への権利を委員会が認めているということはできないが、少なくとも委員会の関心事項になっていることは明らかである。また、インドのケースにおいて委員会はパキスタンからの難民や、インドに住むモハジールの子どもたちは無国籍であり、子どもの権利条約7条に基づいて国籍が付与されるように勧告している(Committee on the Rights of the Child [2004])。以上から、委員会が難民や難民認定申請者の国籍を取得する権利を認めていると断定することはできないが、少なくとも考慮に入っていることが明らかになった。また、インドのケースにおいて難民への国籍の付与が勧告されていることは特筆すべきである。

 

2)第3条:子どもの最善の利益

まず、国籍を取得することが子どもの最善の利益になるか、が問題となる。これについて、子どもの権利委員会や国連児童基金(UNICEF)による見解はこれまで確認されていない。しかし、無国籍者の保護と無国籍の予防の任務も有している国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は無国籍であることは子どもの最善の利益にはつながらないとしている(UNHCR [2012])。これは、子どもの最善の利益を規定する子どもの権利条約第3条を根拠に、無国籍児が国籍を取得できる可能性を示唆している。

 起草過程では、子どもの最善の利益は最優先されるべきものではなく、重視されるべきものという理解が見られた。1980年のワーキンググループの案では、子どもの最善の利益が最も重要である(the paramount consideration)としていたが、1981年にアメリカが主として考慮する(a primary consideration)ものであると改変し、現実的な妥協としてこれが採用された。出産の際などには子どもと同等に、もしくはそれ以上に母体が法的利害関係を持つ主体があることがあり、他の利害関係との調整も必要であると考えられた。これを無国籍児の国籍取得の文脈で考えると、無国籍児が国籍を取得する際に、他の利害関係を考慮する必要があるかが問題となる。起草過程では出産の際の例に挙げられているように子どもと直接関係のある者の利益が、子どもの最善の利益以外に考慮されるべきであると考えられてきた。無国籍児が国籍を取得する際に、直接利害関係がある者の利益が害されるとは考えにくい。また起草過程においては安全保障の問題を子どもの最善の利益以外に考慮すべき点とは考えられなかった。よって子どもの最善の利益の観点からは、安全保障を根拠に無国籍児への国籍の付与を妨げることはできないであろう。

 2013年に子どもの権利委員会から出された子どもの最善の利益に関する一般的勧告では、子どもの最善の利益は子どもの権利条約をはじめとする人権条約に適用されるとされ(Committee on the Rights of the Children [2013])、これには第7条も含められると考えられる。しかし、これまで無国籍を子どもの最善の利益ではないと子どもの権利委員会が表明した事案は見当たらない。

 

 

4.考察

 レジュメ提出時点では研究の途上であるため、報告では子どもの権利委員会の報告書をさらに渉猟し、第7条と第3条から難民や難民認定申請を行った無国籍児の国籍取得は可能か検討する。

 これまでの研究経過から、子どもの権利条約の起草過程から、難民や難民認定申請者の国籍の取得は想定されていなかったが、子どもの権利委員会は難民や難民認定申請者の無国籍児の国籍状況に関心を持っていることは確かであろう。無国籍難民については、子どもの権利委員会が国籍の付与を要請している事例があることが明らかになった。よって、無国籍難民である子どもについては子どもの権利条約を根拠に国籍付与を求めることはできるのではないか。

 

 

参考文献

阿部浩己[2010,『無国籍の情景:国際法の視座、日本の課題』UNHCR

新垣修[2012,「無国籍者の難民性:ニュージーランドの実践の検討を中心に」『世界法年報』31, 65-89頁。

Committee on the Rights of the Child [1996], General Guidelines regarding the Form and Contents of Periodic Reports to be Submitted by Parties under Article 44, Paragraph 1 (b), of the Convention: Adopted by the Committee at its 343rd Meeting (Thirteenth Session) on 11 October 1996. CRC/C/58. 20 November 1996.

Committee on the Rights of the Child [2004]. Thirty-fifth Session Consideration of Reports Submitted by States Parties under Article 44 of the Convention Concluding Observation: India. CRC/C/15/Add.228. 26 February 2004.

Committee on the Rights of the Children [2013]. General Comment No. 14 (2013) on the Right of the Child to Have his or her Best Interests taken as a Primary Consideration (Art. 3, Para. 1). CRC/C/GC/14. 29 May 2013.

UNHCR [1999]. Information and Accession Package: The 1954 Convention Relating to the Status of Stateless Persons and the 1961 Convention on the reduction of Statelessness. UNHCR.

UNHCR [2012], “Guidelines on Statelessness No. 4: Ensuring Every Child’s Right to Acquire a Nationality through Articles 1-4 of the 1961 Convention on the Reduction of Statelessness”.