ポストモダン思想と平和実践

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2016年6月26日

平和と芸術分科会報告

 

ポストモダン思想と平和実践

─目的を定めないことの可能性─

 

関西学院大学

柳澤 田実

 

キーワード:アート、倫理、合目的性、ポストモダン、存在論

 

<要旨>

 近代を批判する構えで始まり、1960年代フランスのマルクス主義に立脚した学生運動とも連動した、いわゆるポストモダン思想も、すでに新しい哲学的テーゼを生み出さなくなって久しい。しかし、自立的な「理性的主体」という概念を批判するロゴス中心主義批判、西欧近代中心主義批判、また何ものかを実体的に捉えることそれ自体を批判する「生成変化の哲学」といったポストモダン思想の遺産は、今日、社会学や人類学をはじめとした他領域に影響を与えるのみならず、様々な実践、しかも協働性や援助といった倫理的実践に結果的に結びついているように見える。「結果的に」というのは、これらの実践が、必ずしもポストモダン思想を実践することを目指したものではなく、単に結果的に類似している可能性も否定できないからだが、とりあえず様々な実践のなかにポストモダン思想の特徴が見出され、しばしばそのように指摘されている。顕著なポストモダン的な傾向は、たとえば日本の若者たちが始めた政治運動であるSEALDsにも見られ、こうしたことの実現は、たとえばマーサ•ヌスバウムらによってしばしば言われる「ポストモダン思想の懐疑主義や相対主義は積極的な実践に結びつかない、役に立たない」といった批判を覆すという意味でも大変に興味深いと発表者は考えている。

 発表者は以上のような問題意識に基づき報告を行うが、「ポストモダン思想」と一言で言っても、その範囲は大変に広い。したがって、今回は、ポストモダン思想の幾つかの特徴のなかでも合目的性批判に絞って、こうした思想的傾向を強く持つ二つの倫理的実践(報告者は倫理的実践は平和実現のための実践に包括されると考えている)を取り上げてみたい。一つ目は1975年生まれのアーティストで、2013年のヴェネツィア・ビエンナーレの日本代表として特別賞を受賞した田中功起である。田中が行っている、集団的行為の大枠だけ決めて具体的な目的を定めない実践「precarious task」とこうした実践を映像として作品化したものを分析する。二つ目は、1980年代に始まり、2010年以降、日本で熱心に受容されている精神療法•オープンダイアローグである。これはフィンランドのケロプダス病院で主に統合失調症患者のために開発された療法であり、先導者であるヤーコ・セイックラ氏によって、自覚的にポストモダン思想に立脚していることが表明されている。目覚ましい成果によって、今注目されているこの療法は、田中の作品および実践と非常に類似した点があるため、両者の特徴を比較検討することから、なぜこれらが豊かな平和実践になりえているのか、できるだけ具体的に分析してみたい。

 議論は概ね以下のように進められる予定である。

 

1. ポストモダン思想と合目的性批判:ポストモダン思想の特徴を概観した上で、合目的性批判とは、発表者が前提としていることを明らかにする。

2. グレゴリー・ベイトソンの芸術理解:合目的性批判を行い、ドゥルーズ=ガタリの「生成の哲学」、また後述するオープンダイアローグにも影響を与えたグレゴリー・ベイトソンの思想を、特に芸術理解を中心に紹介する。端的に述べるならば、ベイトソンは、芸術を合目的性に毒された西欧近代的思考を解毒する術として捉えている。

3. アーティスト・田中功起の実践:田中の協働性をテーマにした作品を合目的性批判という観点から分析し、どのような点で平和実践になりえているのかについて、考察する。

4. オープンダイアローグ:田中の作品とも共通した傾向性を持つ、オープンダイアローグ療法を取り上げ、田中の作品との比較を行いつつ、なぜこの療法が精神疾患の改善(治癒ではない)に役立っているのかについて分析する。

5. 目的を定めずに結果を共に生み出す:この手の議論では単に結果ではなく過程を大事にすることの重要性、多様な可能性の担保の重要性程度で話が終わってしまうので、できる限り具体的に、上述のような実践を有効な平和実践にしている諸要素を抽出して結論としたい。発表者が従事している生態心理学の規範学習実験なども参照する予定である。

 

<参考文献>

  • 青山慶・佐々木正人・鈴木健太郎(2014). 他者の意図理解の発達を支える環境の記述:母子によって繰り返される積み木遊びに注目して 認知科学 VOL.21, NO.1 March 2014  pp.125-140
  • 斉藤環(著•訳)(2015)『オープンダイアローグとはなにか』医学書院
  • セイックラ Y.(2016)『オープンダイアローグ』高木俊介ほか訳 日本評論社
  • トマセロ M. (2013)『ヒトはなぜ協力するのか』橋彌和秀訳 勁草書房(原著:Tomasello,M.(2009). Why we cooperate,MIT Press.)
  • ベイトソン G.(1990)『精神の生態学』思索社
  • 柳澤田実(2011)「ノンコミュニケーション」『現代思想』vol.39-2 pp.162-175 
  • 柳澤田実(2015)「「善いはなし」をやめる」NTT出版web magazine(http://webmag.nttpub.co.jp/webmagazine/82/)