移行期正義と企業の責任ーー南アフリカにおける経済成長と賠償

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日本平和学会2016年度春季研究大会

報告レジュメ

 

移行期正義と企業の責任

―南アフリカにおける経済成長と賠償―

 

フェリス女学院大学

国際交流学部

古内 洋平

 

キーワード:移行期正義、賠償、企業責任、被害者運動、南アフリカ

 

1.はじめに

経済のグローバル化を背景に、人権侵害に関する企業責任を求める声が国際的に強まっている。この動きは移行期正義の分野にも影響を与えた。たとえば南アフリカでは、真実和解委員会がアパルトヘイトに関する企業責任を報告し、賠償プログラムに企業も貢献するよう提案した。また、一部のアパルトヘイト被害者は、企業の共犯を問う賠償請求訴訟を米国で提起した。本報告は、賠償や企業責任に対する南ア政府の対応を明らかにすることで、自国の人権侵害を国外の裁判で処理することを政府が拒否・受諾する理由、被害者運動にまつわる構造的問題、賠償と開発/成長を結びつける国際的潮流を考察する。

 

2.アパルトヘイト被害者による訴訟と南ア政府の態度変化

2002年、一部の被害者は、アパルトヘイト体制に加担したとして20以上の外国企業を米国連邦裁判所に提訴した。有名企業への賠償請求を通じて、国内外の世論を喚起し、約束された賠償を履行しない政府に圧力をかける目的だった。政府はすぐに、主権侵害と海外投資減少の懸念を理由に、被害者不支持を表明した。国内の人権侵害を国外裁判で取り扱われることに政府が反発するのは珍しくない。興味深いのは、2009年に政府が一転して被害者支持を表明したことである。この態度変化は、「豹変」「180度の方向転換」などと現地紙等で報じられた。なぜ政府は態度を変えたのか。

 

3.先行研究の検討

この問いに対して、大統領の個人属性や経済政策の変更など、いくつかの理由・憶測が提示されてきた。本報告は、原告被害者たちが訴訟原因の修正を通じて運動目的を変更したことに注目する。すなわち、企業提訴を通じて旧政府の人道に対する罪を非難し現政府に圧力をかける当初の目的から、拷問や殺害など国際人権法違反をほう助した罪で企業それ自体の責任を追及するようになった。企業責任が被害者運動の手段から目的へと変わったのである。なぜ被害者は訴訟原因を修正したのか。圧力が弱まったとはいえ、なぜ政府はわざわざ被害者支持を示したのか、という点を本報告では考える。

 

4.仮説とその検証

本報告では、被害者の訴訟運動が分裂したこと、賠償と開発/成長を統合する議論が移行期正義アクターおよび開発援助アクターのあいだで急速に広まったこと、それらによって政府が自らの賠償政策に対して自信を深めたことを仮説として提示し検討する。

(1)被害者支援ネットワークの分裂

政府の賠償政策に不満を持った一部のアパルトヘイト被害者は、グローバル・ジャスティス運動や、企業賠償をビッグビジネスととらえる法律家などと、国境を越えるネットワークを結成し、米国での企業提訴に行き着いた。しかし、目的の異なるアクター間の連合は脆弱で、訴訟運動が長引くにつれて意見の違いや対立が目立つようになった。結局、被害者たちはグローバル・ジャスティス運動と距離を置き、法律家の助言に従い、政府に圧力をかけることよりも企業からの賠償金獲得を優先するようになった。

(2)賠償と開発/成長の統合

「国際人権法及び国際人道法に関する重大な違反の被害者が救済及び賠償を受ける権利に関する基本原則とガイドライン」が国連総会で2005年に決議された。これを受けて、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)国連開発計画(UNDP)、UN Womenなどの国連機関、および移行期正義国際センター(ICTJ)は、会議や報告書などを通じて、賠償と開発を結びつける言説を普及させた。そこでは、移行期政府は限られた資源を効果的に配分しなければならないため、またドナーから資金を得るためにも、開発に適合的な賠償、すなわち特定の個人ではなくコミュニティを対象とした集合的な賠償の実行が必要とされた。

(3)賠償政策に関する政府の安心と自信

政府は、米国での裁判がきかっけとなって賠償政策の変更を迫る国際的圧力にさらされることを危惧していた。しかし、訴訟運動の分裂がもたらした訴訟原因の修正によって、圧力が生じる恐れはないと安心するようになった。政府をいっそう安心させたのは、賠償と開発を結びつける言説が国際社会で支配的になったことである。南アの真実和解員会は「開発中心の賠償」を提言したとして紹介されるようになり、政府による土地返還事業やコミュニティ開発が開発に適合した賠償の一例として高評価されるようになった。これまでの賠償政策に正当性が生まれたことで、政府は賠償と開発を統合する政策をさらに推進した。

 

5.結論と含意

移行期政府が恐れるのは、企業責任の追及が政府批判に変わることである。企業の責任が問われること自体に抵抗するわけではない。国外での裁判が政府批判を引き起こさないという安心があれば、裁判に賛同することすらある。南アでは、訴訟運動が分裂したことと、開発/成長に適合的な賠償政策が国際的正当性を持つようになったことが、政府の安心感を生んだ。最後に研究の含意として、移行期正義を開発/成長と統合する発想が支配的になったことの意味、被害者運動の分裂を不可避的にしている構造的問題、政府が責任転嫁するために企業責任が議論されている可能性などを指摘する。

 

参考文献

 古内洋平(2010)「グローバル化時代におけるトランスナショナルな被害者運動―アパルトヘイト被害者運動を事例に―」日本国際政治学会『国際政治』162号.

 古内洋平(2013)「南アフリカ真実委員会後の加害者訴追と被害者補償―政府の消極姿勢と市民社会の動向―」フェリス女学院大学『国際交流研究』第15号.

 古内洋平(2014)「トランスナショナルネットワークの構造とその形成過程―被害者補償要求ネットワークを事例に―」フェリス女学院大学『国際交流研究』第16号.