国連平和維持活動の軍事化と性的搾取・虐待問題

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日本平和学会2016年度春季研究大会

報告レジュメ

 

国連平和維持活動の軍事化と性的搾取・虐待問題

 

武蔵野学院大学

国際コミュニケーション学部

和田 賢治

 

キーワード:性的搾取・虐待、平和維持経済、ゼロ・トレランス政策、ジェンダー

 

1.はじめに

 冷戦後の平和維持活動はその規模を拡大させるなかで、平和維持要員による性的搾取・虐待(sexual exploitation and abuse: SEA)が頻繁に報告されるようになる。国連の理念を体現すべき平和維持要員による不適切な行為は国連への信頼を失墜させ、ミッションの遂行を困難にさせることが懸念されている。2003年以降、国連はSEAの徹底した調査と処罰を明言し、様々な対策を打ち出してきたが、その被害の申し立てはいまも後を絶たない。本報告は平和維持活動におけるSEAの背景と国連の対策について考察する。

 

2.性的搾取・虐待の背景

 国連によれば、性的搾取とは「金銭的、社会的、政治的な利得行為も含むがそれに限らず、性的目的のために、相手の脆弱性、力関係、信頼関係を利用する行為や試み」であり、性的虐待とは「強制あるいは不平等又は威圧的な状況下で、性的性質の身体的危害を加える行為やその脅威を感じさせる行為」である(UN Doc. ST/SGB/2003/13)。冷戦後の平和維持活動でSEAが顕在化した理由として、(1)任務の変容と規模の拡大、(2)平和維持要員と市民との間の力・経済・地位の格差、(3)派遣国の問題(研修・規律・福利の欠如、長期派遣、市民との距離)、(4)兵士の男性性などが挙げられる。

 

3. 二つの顔を持つ平和維持要員

 冷戦後の平和維持活動では、散発的な武力衝突やテロに対応するためのハードなスキルとともに、活動地域の文化的差異への理解や市民との信頼関係構築のためのコミュニケーション能力などソフトなスキルも持ち合わせることが平和維持要員に求められる。しかし、戦時/平時や敵/味方の境界線の曖昧な環境に合わせて兵士/文民の顔を柔軟に使い分けることは非常に難しい。また、平穏過ぎる任務地がかえって彼らを退屈させ、いらだたせる場合もある。

 

4. ジェンダー化する平和維持経済の影響

 平和維持活動は紛争後の国家の経済に影響を与えるが、そのひとつは性産業を発展させることであり、女性をより脆弱な社会的位置に立たせることにもなる。また、平和維持要員が所有する金品はわずかでも紛争後の国家では自国よりも高い価値を持つことからSEAの要因となる。このようにジェンダー化する平和維持経済の影響はそのミッションを受け入れる国家だけではなく、人身取引やHIV/AIDSなどの問題を通じて周辺国や派遣国にも及ぶ。

 

5. 国連の対策

 国連は最初からSEAの対策に積極的であったわけではない。UNTAC(国連カンボジア暫定統治機構)の時点では、国連が介入する必要のない私的問題としてSEAを放任する態度(“Boys will be boys”)を見せていた。現在は“A zero-tolerance policy”を掲げ、国連がその取り締まりに責任を持つ立場を明確にしている。その対策の柱は、(1)予防〔研修、夜間外出禁止、制服着用義務など〕(* Misconduct Tracking System)、(2)執行〔調査、本国送還、今後のミッションへの参加禁止〕(* ‘whistleblower’ policy)、(3)救済〔被害者とその子どもへの物質的・心理的支援〕である。しかし、SEAに関与したとされる平和維持要員の訴追・処罰の権限は派遣国にあるため、国連への報告義務も含め、その対応にはばらつきがある。

 

6. 平和維持要員のジェンダー

 「男なら仕方ない」(“Boys will be boys”)という本質主義や「一部の兵士の逸脱行為」(“a bad apple”)という自己責任論でSEAを理解する議論に対して、フェミニスト国際関係論の研究者は「軍事化した男性性(militarized masculinity)」や「白人至上主義の男性性(white-supremacist masculinity)」という兵士のジェンダーとSEAとの関係を分析することで、平和維持活動の軍事化に警鐘を鳴らしてきた。

 国連もSEAの予防策として平和維持要員のジェンダーに注目している。ジェンダー・トレーニングではミッションに参加する兵士のアイデンティティを平和維持の任務に適合した男性性へと切り替えることを奨励する。また、女性の平和維持要員にはその存在により男性同僚のSEAを自制させる効果が期待されている。前者は受講者の反発や訓練時間の短さなど運用上の問題に加え、実施されたとしてもその効果に疑問が持たれており、後者は特定の女性性を押し付けることになるとの批判がある。

 

6. おわりに

 平和維持活動は紛争後の国家という主権を制約され、治安も経済も不安定化する空間で、異なる国籍、人種、エスニシティ、階級、セクシュアリティ、宗教などに属する人々を交錯させるミッションである。その特異な状況下で生じるSEAは、統一的なルールや手続きだけで解決することが困難であるのと同様に、ひとつの理論枠組みで分析することもまた困難である。加害者は多様であり、国連職員や非政府組織のスタッフなどの文民、民間軍事会社に属する人間、派遣国内でマイノリティに属する人々によるSEAもある。さらに女性のエイジェンシーや男性・男子の被害者など、加害者/被害者=男性/女性の二文法では見失われてしまう問題や存在にも注意を向ける必要がある。こうした複雑で多様な要因の絡む偶発的状況を踏まえつつ、平和維持要員に求められる軍事化する男性性がどのような状況や文脈でSEAを引き起こすのかについてさらに議論を重ねていく必要がある。

 

主な参考文献

 Grady, Kate (2010) “Sexual Exploitation and Abuse by UN Peacekeepers: A Threat to Impartiality”, International Peacekeeping, 17(2), 215-228.

 Jennings, Kathleen M. (2010) “Unintended Consequences of Intimacy: Political Economics of Peacekeeping and Sex Tourism”, International Peacekeeping, 17(2), 229-243.

 Kanetake, Machiko (2010) “Whose Zero Tolerance Counts? Reassessing a Zero Tolerance Policy against Sexual Exploitation and Abuse by UN Peacekeepers”, International Peacekeeping, 17(2), 200-214.

 Neudorfer, Kelly (2015) Sexual Exploitation and Abuse in UN Peacekeeping, Lexington Books.

 Simic, Olivera (2010) “Does the Presence of Women Really Matter? Towards Combating Male Sexual Violence in Peacekeeping Operations”, International Peacekeeping, 17(2), 188-199.

 Simm, Gabrielle (2013) Sex in Peace Operations, Cambridge University Press.

 和田賢治2009「統治の技術としてのジェンダー訓練」『国際協力論集』17(2), 113-135.