オバマ政権の介入政策における「例外主義」―リベラル介入主義の可能性と限界―

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日本平和学会2016年度秋季研究集会

報告レジュメ

 

オバマ政権の介入政策における「例外主義」

―リベラル介入主義の可能性と限界―

 

埼玉大学

大学院人文社会科学研究科

草野大希

 

キーワード:アメリカ例外主義、リベラル介入主義、人道的介入、保護する責任、民主化、アラブの春

 

1.はじめに

 2009年に誕生したアメリカのオバマ大統領が米国民に約束したのは、ブッシュ(子)前大統領が開始したイラクおよびアフガニスタンへの軍事介入を停止することであった。就任直後のオバマは「アメリカ例外主義を信じている」としながらも、それは我々の軍事力や経済的支配に基づくものではないと述べ、アメリカ的価値観(自由・民主主義・人権)を拡大する為に単独的介入も辞さなかったブッシュ流の「例外主義」との決別を目指したのである。

 しかし2011年、圧政からの解放を求める「アラブの春」が中東各国で発生し、同地域が混乱すると、オバマは新たな軍事介入の決断を迫られる。そしてその過程で、オバマが考える「例外主義」の言説が幾度となく発せられることになった。結果的にオバマは、(1)リビアに対する空爆を「保護する責任」の一環として実施(カダフィ政権は崩壊)、(2) 内戦が続くシリアに対してはアサド政権打倒を目的とした軍事介入は回避しつつも、同政権の化学兵器使用問題についてはOPCW(化学兵器禁止機関)に基づき解決を図る、しかし(3)イラク・シリア領内で勢力を拡大するISISに対しては、その打倒を目指す軍事介入を開始するなど、中東からの米軍撤退や不介入主義を貫徹することはできなかったのである。

 本報告では、オバマ政権下のこれらの介入政策における「例外主義」の言説に着目し、オバマがどのようなプロセスを経て、就任当初は警戒していたはずの「リベラル介入主義」に基づく「例外主義」に接近していったのか、それは彼の介入の実行や成否にどのようなインパクトを与えたのかを明らかにし、オバマ政権下で追求されたリベラル介入主義の可能性と限界についての理解を深めたい。

 

2.オバマ流の「例外主義」―リベラル介入主義の論理―

 アメリカ例外主義(American exceptionalism)とは、「アメリカの価値、政治システム、さらに歴史は独特のものであり、かつ普遍的称賛に値する…〔故に〕アメリカは世界において、顕著で積極的な役割を果たす運目にあり、その資格がある」とする信念を指す(Walt 2015)。良くも悪くも、歴史的に、アメリカを例外国家と見做す信念が、同国が他国の内政に介入する際の論理となってきた。例えば、20世紀初頭に発表された所謂「ローズヴェルト系論」は、その歴史的淵源と言えよう。ローズヴェルトは、米州地域において、非行や無能力を示し、欧州列強による介入を招来しうる国家に対しては、アメリカだけが「警察権力」の行使として事前に介入し、同地域の秩序を安定化させる特別の責任を負うと主張したのである。

 アメリカ例外主義に関する先駆的研究としてLipsetの著作(Lipset 1996)が挙げられるが、その研究が一層活発になったのは、単独主義(unilateralism)が顕著となったブッシュ政権以降と言えよう(Ignatieff, ed.2005; Pease 2009)。こうした文脈において誕生したオバマ大統領は、単独主義と結びつけられたブッシュ流の例外主義に批判的であり、就任直後は、アメリカ「例外主義」を絶対視するような立場を戒める発言も行った。しかし、結果的にオバマは、その外交方針や個別の介入事例の正当化において、アメリカを「例外的」な国家と捉える言説を頻繁に用いることになる。その最大の理由は、介入に対して忌避的な米国民に、その必要性を訴えることにあった。オバマ自身、決して率先して新たな軍事介入を実施したかったわけではなかったが、中東における「アラブの春」という新たな事態の展開に突き動かされる形でオバマ流の例外主義を提示し、介入の正当化を試みたのである。そして、彼が説く例外主義とは、基本的には、人権や民主主義を擁護するための介入(「人道的介入(HI)」や「保護する責任(R2P)」)、すなわちリベラル介入主義の観点から定義されるものとなった。

 

3.「アラブの春」と「保護する責任」としての対リビア軍事介入

 2011年のチュニジアに始まる所謂「アラブの春」は、オバマの中東政策にも大きな影響を与えることになる。チュニジア革命の余波を受けた親米国家エジプトではムバラク政権が崩壊に追い込まれるが、事実上の退陣要求を発したのは、民衆の側についたオバマ大統領であった。そして、同様に反政府運動が高まるリビアに対しては、「リビア市民の保護」を明記した国連安保理決議(1773)を執行する行為、すなわち「保護する責任」の一環としての軍事介入(飛行禁止空域設定)を決断した。勿論オバマは、ブッシュ前政権がイラクで行った(武力による)「体制転換(regime change)には終始慎重な立場を崩さなかったが、「人類同胞に対する我々の責任を放棄することは、我々の存在に背く行為…他国内での残虐行為に対して見て見ぬふりをする国家もあるかもしれない。アメリカ合衆国は違う」(2011年3月28日の演説)と述べ、米世論の支持が決して高くない介入に理解を求めたのである。

 

4.「レッド・ライン」(化学兵器使用)を越えたシリアに対する「不」介入

 他方で、オバマ大統領は2011年8月、反政府運動に直面していたシリアのアサド政権に対して、西欧諸国と歩調を合わせる形で事実上の退陣要求を行う。しかしながら、カダフィ政権後のリビアの混乱や「アサド後」の構想が不明確な中で、軍事介入には極めて慎重な態度を取り続けていた。その転機となったのが、アサド政権による自国民への化学兵器使用の事実であった。女性や子供を含む多くの市民が犠牲となった2013年8月のサリンを使った攻撃は、先にオバマが掲げた「例外主義」の発動に値するものであり、オバマは「レッド・ライン」を越えた「制裁」としての軍事介入を検討し、その支持を「例外主義」の言説から国民に求めたのである(同年9月)。

 ところが、オバマは最終的に、ロシア提案のOPCWの監視によるシリアの化学兵器廃棄を受け入れ、軍事介入は回避された。米ロ合意の直前、軍事介入に批判的なロシアのプーチン大統領は「自分達を例外的存在と見做し」、他国に介入するのは「極めて危険」とする主張をニューヨーク・タイムズ紙に寄稿していた。結局オバマは、アメリカ例外主義を否定するプーチンの主張に沿う選択を行ったのである。そして、シリア政府保有の化学兵器の大半は廃棄されたものの、シリア内戦自体を終結させることはできず、米国は(も)事実上、「シリア国内での残虐行為に対して見て見ぬふりをする国家」となってしまった。

 

5.ISIS掃討作戦―イラク・シリアへの新たな軍事介入―

 2011年末に「公約通り」イラクからの米軍撤退を完了させ、シリア内戦にも不介入を続けていたオバマ政権であったが、2014年夏、イラク・シリアへの空爆を中心とした新たな軍事介入を敢行する。シリアで継続する内戦やイラクからの米軍撤退により生まれた「力の空白」によりISIS(イスラム国)が台頭し、同年6月イラク・シリアに跨る広大な領域にカリフ制の樹立が宣言された。当初、オバマはISISの脅威を甚大なものと考えていなかったが、同年8月、イラクの主要都市を次々と制圧する同組織からの脅威に対抗する軍事介入に踏み切った。ただし、オバマの介入決断の背景には、イラク政府からの支援要請に加え、ISISによる虐殺の脅威に晒されていた少数民族ヤジディ教徒を救うという「人道」理由も存在していた。厳密には国連安保理の授権に基づく「保護する責任」としての介入ではなかったが、オバマの声明(8月7日)でも、ヤジディ教徒の人道危機が深刻であり、その保護を主導的に果たすのがアメリカの役割であることが強調された。そして、この軍事作戦の延長として、翌月からは、テロの脅威を拡散するISISの壊滅を目指すシリアでの空爆を有志国と共に開始したのである。

 以上のように、リベラル介入主義の文脈において「例外主義」を説き、アメリカや中東地域の安全を追求したのがオバマの介入政策の特徴であった。しかし結果論とはいえ、介入したいずれの国家でも平和が実現しているとは言い難い。イラク戦争によってHIやR2Pへの猜疑心が強まったが、結局、それらを真摯に追求しようとしたオバマ政権の政策も、HIやR2Pの信頼回復に寄与したとは言えないのではないか。

   

参考文献

Iginatieff, Michael, ed. (2005), American Exceptionalism and Human Rights, Princeton University Press.      

Lipset, Seymore Martin (1996), American Exceptionalism: A Double-edged Sword, W.W. Norton & Company.  

Pease, Donald E. (2009), The New American Exceptionalism, University of Minnesota Press.    

Walt, Stephen M. (2011), “The Myth of American Exceptionalism,” Foreign Policy