国籍、パスポートと人間

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日本平和学会2016年度秋季研究集会

報告レジュメ

 

国籍、パスポートと人間

 

早稲田大学国際教養学部

陳天璽

 

キーワード:国籍、パスポート、身分証明、人、アイデンティティ

 

1 はじめに

 現代社会に生きる私たちは国を基盤とし、国民国家の枠組みで人や物事を分別することに慣れ親しんでいる。国籍やパスポート、オリンピックはその典型であろう。そんななか「人間はだれでも国籍を持っていて当然」だと思ってはいないだろうか。しかし実は、生まれながらにして国籍が取得できずにいる人々、どの国にも国民として登録されていない人々、国籍を失った人々など、つまり無国籍者が存在する。その数は現在世界に1000万人はいるとみられており(UNHCR 2014)、もちろん日本にも暮らしている。無国籍者に対応するための国際的枠組みには、1954年「無国籍者の地位に関する条約」や1961年「無国籍の削減に関する条約」などがある。これらに加入している国は多くなく、日本も未加入であるが、近年、無国籍者に対する認知度が徐々に高まっており、国連難民高等弁務官事務所も2014年より「無国籍撲滅キャンペーン」を打ち出し、条約への加入国を増やすべく努力している。

 本報告では、日本における無国籍者や国籍の有無があいまいな状態となっている人々に注目し、そもそも彼らが、いかなる問題を抱えているのかについて考察する。なかでも、特にパスポートや在留カードなど身分証明に記されている国籍と個人の関係に着目したい。

 

2 国籍と個人

 国籍は、「個人が特定の国家の構成員である資格」を意味し、「個人と特定の国とを結びつける法的な紐帯」と定義づけられている(江川英文=山田鐐一=早田芳郎、1989)。つまり、近代主権国家における国籍は、個人と国家を法的・政治的に結び付け、個人を国家のメンバーたらしめる地位を決定づけるとともに、国家への忠誠心という形でアイデンティティを呼び起こす源泉ともなっている。国家と個人を結びつける身分証明が実態と合致している場合は良いが、その証明ができなかったり、事実と齟齬が生じ国籍の有無が確認できず無国籍状態となっている人々がいる。

 無国籍者といっても、実はさまざまなタイプの人たちがいることが、ここ数年の研究調査から明らかになってきた(陳2013)。無国籍の人たちのなかにも、異なった法的立場にあり、その結果、有する権利や享受している生活が異なっている。ここでは、「未登録者」、「非正規滞在・無国籍者」、「非正規滞在・国籍未認定者」、「正規滞在・国籍未認定者」、「正規滞在・無国籍者」の5つの類型に分け、それぞれが発生した原因、抱えている問題点、アイデンティティなどについて整理する。

 

3 無国籍者にとっての国、法、アイデンティティ

 具体的な事例を通し、無国籍者から見た国や法、そしてそれが彼らの生活やアイデンティティに与える影響について考えたい。

 まず、「在留カード」など身分証明書に「A国籍」とされながら、その国籍が付与されていなかったり、当該A国から国民と認められず無国籍状態のままでいるケースを挙げる。彼らは、日本政府から与えられた身分証明にあるA国人としてのアイデンティティを醸成し成長する。しかし、海外渡航のためA国パスポートを発行してもらおうと大使館に申請したが、実は当該国に登録されていないことを理由にパスポートの発行を拒まれるケースがあった。つまり、「A国籍」とされながらも、実はA国には存在しない人であり、自分が無国籍状態にあることに気づかされたのだ。こうした事態に直面した人にとって、国や法、パスポートはいかなるものなのだろうか。

 次に、2012年「在留管理制度」導入に伴い、外国人登録が廃止され、中長期滞在者は「在留カード」の交付を受けることになった。無国籍者の交付申請に同行した際、国籍欄の記載が一部変更され、その記載の根拠はパスポートであるとの説明を受けた。しかし、パスポートの交付を受けられないでいる人々の国籍欄の記載は一体どうなっているのであろうか。

 

4 おわりに

 以上を踏まえ、以下について考えることで本報告のまとめとしたい。

(1) 無国籍者のイメージ

 人々が無国籍者に対して抱いているイメージはいかなるものか、それは実態と合っているのだろうか。

(2) 身分証がもつ暴力性

 公的な身分証明書は、法的根拠となり、それをもとに本人確認がなされたり、アイデンティティが醸成されることもある。しかし、身分証明はどこまで実態と合致しているのだろうか。身分証の有無や齟齬によって、人が苦境に置かれることはないだろうか。

(3) 越境時代の国籍制度

 国籍や戸籍などの制度は、時代や人々の価値観に合わせて修正してゆく必要がある。人の移動が頻繁化しグローバル社会といわれる今日、無国籍者を発生させ、しかも実態を見えにくくしている現行の制度は如何に改善すべきなのだろうか。

 

主な参考文献

     江川英文=山田鐐一=早田芳郎(1989)『国籍法[新版]』有斐閣。

     陳天璽他編(2016)『パスポート学』北海道大学出版会。(10月刊行予定)

     陳天璽(2013)「日本における無国籍者の類型」『移民政策研究』移民政策研究Vol.5、pp.4-21.

     陳天璽 (2012)「国家と個人をつなぐモノの真相─「無国籍」者のパスポート・身分証をみつめて」陳天璽・近藤敦・小森宏美・佐々木てる編著『越境とアイデンティフィケーション:国籍・パスポート・IDカード』新曜社、pp.444-468

     陳天璽編(2010)『忘れられた人々 日本の「無国籍」者』明石書店。

     Lara, CHEN Tien-shi(2016), “Born to Be Stateless, Being Stateless: Translational Marriage, Migration and the Registration of Stateless People in Japan,” in Sari K. Ishii, Marriage Migration in Asia- Emerging Minorities at the Frontiers of Nation States, National Singapore Press, 2016, pp187-201.