移行期の正義の継承 ─国際刑事法廷の現代的位相と残存(residual)メカニズムへの要請─

ダウンロード
10月22日自由論題部会1(小阪).pdf
Adobe Acrobat ドキュメント 153.2 KB

日本平和学会2016年度秋季研究集会

 

移行期の正義の継承

─国際刑事法廷の現代的位相と残存(residual)メカニズムへの要請─

 

立命館大学政策科学部助教

小阪真也

 

キーワード:移行期の正義、平和構築、国際刑事法

 

1. はじめに

 移行期の正義という政策領域が急速に発展した1990年代から、2016年の今年で約20年以上が経過しつつある。この約20年余の間に、訴追、和解の促進、制度構築、損害回復など、数多くの移行期の正義の活動が実施されてきた。実施された活動の中には、既に活動の終期を迎えたものも存在する。現在、新たな動向として、国際刑事法廷の残存(residual)メカニズムに見られるように、移行期の正義の活動を継承するための取り組みが行われている。

 そこで、本報告においては、移行期の正義の政策領域が急速に発展した1990年代から2000年代に設立され、公に活動の終期を迎えた国際刑事法廷の後継機関として設立された残存メカニズムに焦点を当て、現代国際社会で、国際刑事法廷の残存メカニズムの形成が求められるようになった理由について論じる。

 

2. 国際刑事法廷の残存メカニズム

 国際刑事法廷の残存メカニズムとは、国際刑事法廷の活動及び機能を継承するための諸活動の総称であり、活動期間中に訴追できなかった被疑者の捜査や訴追に加えて、活動成果の保存、被害者保護、管轄地域における法曹の能力強化などが活動内容として含まれる。

 現在公的に運営されている国際刑事法廷の残存メカニズムとして、1993年から活動を開始した旧ユーゴスラヴィア国際刑事裁判所(ICTY:International Criminal Tribunal for the Former Yugoslavia)、及び1994年から活動を開始し2015年に活動を終了したルワンダ国際刑事裁判所(ICTR:International Criminal Tribunal for Rwanda)の後継機関として、国連によって2010年に設立された、国際刑事法廷メカニズム(MICT:Mechanism for International Criminal Tribunals)が挙げられる。また、2002年から2013年まで活動した、シエラレオネ特別法廷(SCSL: Special Court for Sierra Leone)の活動終了後に、シエラレオネ政府と国連の合意の下に設立された、シエラレオネ特別残存法廷(RSCSL:Residual Special Court for Sierra Leone)が存在する。

 MICT及びRSCSLの両残存メカニズムに共通している性質として、第1に、共に前身となった国際刑事法廷の設立時と同様に、国連の承認・協力に基づいて設置されていることが挙げられる。MICTの場合は、ICTYやICTRの設立時と同様に、2010年に提出された国連安保理決議1966を根拠として形成された。RSCSLの場合は、2010年に取り交わされた、シエラレオネ政府と国連との合意文書に基づいて設立された。その結果、MICTの場合はICTYやICTRが有していた、国連憲章第7章下の安保理の決議に基づく国際法廷としての強力な管轄権を継承した。RSCSLの場合は、国際的な性格を有しながら、例えば1926年に制定された国内法である児童虐待防止法違反を引き続き適用法規とするなど、シエラレオネ国内司法機関としての性質も併せ持つ、混合法廷としての性格を継承している。

 また、第2に、両者共に継続的な機能と臨時的な機能を区分し、特に継続的な機能として、(1)被害者及び証人の保護、(2)判決執行の監督、(3)国内刑事司法手続きへの支援、(4)前身となる国際刑事法廷の活動内容の保全の4点を挙げている点で共通している。

 

3. 現代国際社会における新たな取り組みとしての残存メカニズムの形成

残存メカニズムの形成は、第二次世界大戦直後に実施されたニュルンベルク及び極東国際軍事裁判終了後には観察できなかった、現代国際社会における新たな取り組みとして位置づけられる。

 例えば、現代の国際刑事法廷の萌芽となった、第二次世界大戦後の1945年に実施されたニュルンベルク裁判については、裁判後の1950年に国際司法裁判所(ICJ: International Court of Justice)にニュルンベルク裁判の記録が移送され、ICJによって管理されることとなった。また、第二次世界大戦の戦勝国の内、米国が主導して、ニュルンベルク裁判の後の1946年から1949年まで、ニュルンベルク継続裁判が行われた。しかし、ICJはニュルンベルク裁判が有していた機能を継承したわけではなく、また、ニュルンベルク継続裁判は、訴追機能のみの限定的な継承に留まり、裁判官は全て戦勝国である米国出身の者であるなど、現代の残存メカニズムと大きく性格が異なっていた。

 ニュルンベルク裁判と時を同じくして実施された極東国際軍事裁判の場合、裁判の記録の原本は、閉廷後に裁判の実施において主導的な役割を果たした米国の国立公文書館に移管され、日本では外務省が1998年に外交記録として公開するまで公にされていなかった。その上、国内的にも国際的にもその活動や機能を継承する機関は設けられていなかった。

 以上の点に加えて、ニュルンベルク及び極東国際軍事裁判と比較した際に、その新規性を強調する要素は、上述したMICT及びRSCSLが備えている継続的な機能にある。例えば、ニュルンベルク及び極東国際軍事裁判の機能を継承し、被害者及び証人の保護や、管轄地域における国内刑事司法手続きへの継続的な支援を行う機能を包括的に有した専門機関は、ニュルンベルク及び極東国際軍事裁判後、国際社会、及び両裁判の管轄地域であるドイツ及び日本において形成されていない。

 

4. 現代国際社会における国際刑事法廷の残存メカニズム形成への要請

 現代において、国際刑事法廷の残存メカニズムが形成された主な理由として、管轄地域における平和構築との政策的なつながりと、国際刑事法分野の発展、そして国際的な正統性を獲得した人権規範の、相互的な関連性が挙げられる。

 まず、残存メカニズムが形成された要因として、国際刑事法廷及びその残存メカニズムと、管轄地域における平和構築との政策的なつながりを指摘できる。本報告で挙げている1990年代から2000年代に設立された国際刑事法廷の管轄地である、旧ユーゴスラヴィア地域、ルワンダ、シエラレオネは、いずれも紛争を経験した。設立された国際刑事法廷は、管轄地域における平和構築を支援する国連の関与の下、設立時から平和構築の戦略の中に位置づけられ、単に訴追のみではなく、平和構築の主要な課題である、法の支配の確立・強化や、和解の促進を、その活動目標として挙げていた。形成された残存メカニズムも、管轄地域における国内刑事司法の能力強化や活動記録の保全を、同様の目的の下に行うことを強調している。

 また、ニュルンベルク及び極東国際軍事裁判の実施時と異なり、現代においては、国際刑事法分野が目に見える形で発展していることも、国際刑事法廷の残存メカニズムが現代において形成された要因となっている。ニュルンベルク及び極東国際軍事裁判の実施時には、例えば「人道に対する罪」の扱いに見られる遡及法の適用に対する批判、戦勝国による「勝者による裁き」という批判が存在しており、戦時中に行われた特定の行為を、刑事上の犯罪として適正に扱うための国際的に共有されたルールの存在は未だに不確かであった。しかし、ジェノサイド条約や各国際刑事法廷の規程などの法源の成文化や、各国際刑事法廷の実行と判例の蓄積は、国際刑事法分野を発展させ、同分野を司る専門機関を形成した。残存メカニズムも、前身となった国際刑事法廷の機能を継承し、国際刑事法に則り、適正に戦争犯罪に対処するための機能を備えた専門機関として設立されている。

 そして、ニュルンベルク及び極東国際軍事裁判の実施時には見られなかった、現代における人権規範の国際的な広がりは、管轄地域において追求される平和の構成要素として、継続的に人権規範が管轄地域における国家により遵守され、戦争犯罪の処罰と再発予防を可能とする環境が求められる潮流を作り出した。主権国家が人権規範を遵守し、国民の人権を保障することは、今日においては主権の正統性を獲得する手段として見出されつつあり、移行期の正義の実行を国際的に拡大する要因となっている。国際刑事法廷の残存メカニズムの形成は、このような現代国際社会の潮流の中で、国際刑事法廷が担っていた機能と活動を継承し、管轄地域における人権規範の尊重を持続化する手段として要請されたと考えられる。

 

参考文献

     Swart, B. et.al. (eds.) [2011], The Legacy of the International Criminal Tribunal for the Former Yugoslavia, Oxford University Press.

     Jalloh, C. [2014], The Sierra Leone Special Court and its Legacy: The Impact for Africa and International Criminal Law, Cambridge University Press.

     Futamura, M. [2008], War Crimes Tribunals and Transitional Justice: The Tokyo Trial and the Nuremberg Legacy, Routledge.

     Titel, R. [2014], Globalizing Transitional Justice: Contemporary Essays, Oxford University Press.