永続敗戦レジームにおける日米安保体制

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平和学会 2016年度秋季研究集会(2016年10月22日)

部会:ポスト・オバマ時代の日米安保体制と東アジア──対米従属相対化の可能性

 

報告:「永続敗戦レジームにおける日米安保体制」(The Meaning of Security Treaty Between the United States and Japan in “Permanent Defeat” Regime)

 

報告者:白井聡・京都精華大学人文学部 shirai@kyoto-seika.ac.jp

 

・本報告の目的

在日米軍は、何のために、誰のために、いるのか? 沖縄県の米軍基地問題において最も急迫化したかたちで、この問いは問われている。辺野古の基地建設問題について解決の展望が全く見えてこないのは、この単純かつ基本的な問いへの答えについて、国民的コンセンサスが実は存在していないためではないのか。本報告では、戦後71年間の経過のなかで安保体制が経てきた性格の変化を視野に入れつつ、この問いへ答えを出すことを目指す。なお、本報告は、拙著『戦後政治を終わらせる――永続敗戦のその先へ』(NHK出版新書、2016年)にて展開した議論に依拠している。

 

・本報告の視点

日米安保をとらえる際に、二つの誤った見解がある。ひとつは、日本国民の多くが漠然と信じている「米軍は日本を守るために駐留している」という見解である。もうひとつは、「米軍は日本をいまだ占領下に置いている」という見解である。両者は対極的に見えながら、安保体制を一方的に日本ないし米国の利害にかなうものとみなしている点で共通しているが、それは事態を過度に単純化するものである。こうした単純化による誤謬に陥らないためには、以下の二つの視点が必要である。

 

1.歴史的視点……70年余の間に、日米安保の機能・性格が一定不変であったわけはなく、当然変化している。

2.複数の立場からの視点……日本側から見た日米安保、米国側から見た日米安保、周辺国から見た日米安保、といった複数の視点から同盟関係をとらえる必要がある。国内の議論は、往々にして「日本の立場から見た日米安保の意味」を云々することに終始しがちである。

 

・対米従属の時代的三区分

① 確立の時代……占領期~60年安保

東西対立構造のなかでの日本の自由主義陣営への組み入れ、国策の強制的一致

② 安定の時代……60年安保~冷戦末期・終焉

対米従属を通した経済発展の成功、国策の共有

③ 自己目的化の時代……冷戦末期・終焉~現在

冷戦終焉による対米従属の合理性の消滅、方針転換の失敗、国策の不一致

 

・それぞれの時代における日米安保体制/在日米軍の意味

① 確立の時代

占領軍……武装解除、民主化、軍国主義の解体、属国化の担保、共産化の阻止(=親米政権の防衛)

サ条約/日米安保条約(1951)以降の在日米軍……上記の目的(占領継続)に加え、東西対立の前線基地、国策の強制的一致

吉田ドクトリン……占領継続の事実に対する積極的な読み替え(番犬論)、妥協策としての警察力の拡大の形態をとった再武装

② 安定の時代

安保改定(1960年)……日米安保条約の相対的対等化(防衛義務の明記、内乱条項の撤廃)、共産圏に対する共同防衛、共通敵を前提とした国策の共有による繁栄(高度経済成長・経済大国化)

安定の揺らぎ……米中交渉における在日米軍「瓶の蓋」論、日本の経済力の脅威化、冷戦再燃へのファイナンスから冷戦終焉へ

③ 自己目的化の時代

東西対立の終焉……共通敵の消滅=国策の非共有=庇護・互恵から収奪へ

日米安保体制の根拠消滅と無限延長……日米関係の情緒化(「ロン・ヤス」から「思いやり予算」「トモダチ作戦」へ)、国連中心主義(小沢一郎)から盲目的対米追従(小泉純一郎)へ、盲目的対米追従の原理化(安倍晋三)、共通敵の創出(中国脅威論)