北朝鮮難民(脱北者)の日本生活定着過程における政治的・社会的要因

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日本平和学会2017年度春季研究大会

報告レジュメ

 

北朝鮮難民(脱北者)の日本生活定着過程における政治的・社会的要因

 

國學院大學栃木短期大學

宮塚寿美子

 

 

キーワード:北朝鮮難民(脱北者)、日本生活定着過程、政治的要因、社会的要因、帰国事業

 

 

1.はじめに

 現在、東京と大阪を中心に約200名の北朝鮮難民(以下、脱北者)が定住、あるいは既に日本国籍を得て生活している。しかし、脱北者が日本で生活している実態調査などの先行研究は殆ど行われてきていないのが現状である。本報告では、日本の脱北者の日本生活定着過程をかつて日本から北朝鮮へ渡った帰国事業と日本政府の受入れの流れから政治的要因を考察する。そして、脱北者の日本生活定着過程の実態を脱北者とインタビューを行い、実証的なオーラルヒストリーの観点から社会的要因から考察したい。

 

 

2.脱北者の日本生活定着の政治的要因

(1)脱北者に対する議論の定義

 2015年3月27日、スイス・ジュネーブで開催された第28回人権理事会において、日本とEUが共同で提出した北朝鮮人権状況決議案が、賛成多数で採択された。これは国連安全保障理事会が初めて、‘北朝鮮の状況’を議題として採択された。これにより、脱北者に対して、彼らの生存権保障と人権侵害を憂慮する人道主義的な観点から、脱北者を通じた北朝鮮社会情報の獲得、北朝鮮社会に対する研究の源泉になる、多様な接近の仕方が見直され、国際社会の関心の的になっている。

(2)日本から北朝鮮への帰国事業

 現在、日本政府が受け入れている脱北者は、1959年に始まった北朝鮮帰国事業により海を渡った在日朝鮮人、そして日本人妻、またその子孫たちや親族に限定されている。日本政府は彼らが脱北し、何らかの手段で日本国外務省や救援団体、また在中日本領事館などに連絡してきた場合、調査と事実上の確認の上、彼らを保護し、人道的立場から日本に受け入れてきた。帰国者数の推移をみると、帰国事業は初期に集中している。日本政府は彼らを難民として受け入れるのではなく、帰国者とその子孫・親族という、あくまで日本に縁故のある人々のみを、特別在留者の資格で受け入れている。

(3) 日本の脱北者の規模

 2010年10月20日、参議院の北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会で、松本剛明外務省大臣(当時)は、「脱北者が100人を超える」と答えたが、NGO団体関係者によると約200名以上の在日脱北者が東京と大阪を中心に居住していると推定している。しかし、日本政府は依然として、脱北者に関する統計を公開していないため、正確に把握するのが難しい状況である。脱北者の大部分がNGO団体の支援で日本に入国する点を考慮すると、NGO団体の関係者たちの意見にさほど大きな差はない。

 2015年現在まで韓国に入国した脱北者の数が約2万人を超えた事実を考慮しても、日本に入国した脱北者の数は、まだまだ少数である。

(4)入国経路

 1990年代後半に入り、脱北者発生初期には脱北者個人が自ら日本に入国を試みた事例が大部分であったが、2000年代から第3国に留まっている脱北者が、日本国内にいる帰国者と関連するNGO団体に助けを要請し、この時からNGO団体の支援で日本に入国する事例が増加した。また、当時からで現在までモンゴルやタイのような第3国を経由し、日本に入国するパターンが普遍的であった。そのような過程で、2004年から中国にある日本大使館及び領事館で脱北者を保護し始めた。問題は中国にある中国大使館及び領事館に脱北者が保護申請をする際に2つの条件を両方満たさなければ拒絶されるということである。1つ目に、身元確認である。保護申請を脱北者が実際に帰国事業で北朝鮮に渡った帰国者及び彼らの家族であるか確認をするためである。しかし、身元確認が遂行されるまで時間が必要であり、この期間は脱北者の個人の身元保護はされない。すなわち、脱北者は日本政府の身元確認がされるまで、自ら自身について責任を負わないといけず、随時に実施される中国公安の取り締まりに常に追放のリスクに追われている。

 脱北者は、中国を含めた第三国で、まず短期の資格を所得してから日本に入国した後、定住権の資格に切り替えるようになる。もちろん、日本人妻の場合は日本入国後すぐ日本国籍を回復できる。

 

3. 脱北者の日本生活定着の社会的要因

(1) 定着金

在日脱北者の日本社会生活の定着においては、まずは本人の希望と支援するNGO団体の判断の下、人道的次元で厚生労働省の規則に従い、生活保護を申請することができる。もしくは、最初の日本入国の際、東京、大阪の大韓民国民団は一人あたり10万円の定着金を支給しているが、あとは本人と身元引受人次第である。

(2)住居

 生活保護の支援を受けている在日脱北者たちは、住居においては各地域が運営する公共団地に居住する。一方、生活補助の支援を受けず、本人が独立し一般住宅に住んでいる脱北者もいる。

(3)言語

 脱北者の大部分は日本に入国してから、初めて生きた日本語に接触するようになる。ここから、様々な問題が発生する。まず、彼らの多くは、帰国事業の時点、特に、1960年代前半に、両親に連れられて海を渡った10代、もしくはさらに年下の子供たちが、40数年の時を経て日本を目指す場合、また北朝鮮で生まれた帰国者の子孫である場合がほとんどであり、日本語は全く話すことができない、仮に話せても読み書きができない場合もある。このような脱北者の日本定着のために絶対に必要なのは、日本語教育ならびに職業訓練である。現在、しかし、これは、NGOや個人の手にほぼ委ねられている。今年になってようやく、北朝鮮難民救援基金が受け皿となって、文化庁の支援で無料の日本語教育機関が都内に開校した。

 

4. 終わりに

 日本国政府は日本国民の生活困窮者に対するのと同様、脱北者に生活保護の支援を行っている。しかしながら、これは同時に、労働意欲の減退という問題も生じている。また、近年の生活保護者受給者の増大によって、生活保護という制度自体を問い直されなければならないという現状で、脱北者、特に50代以前の脱北者がほぼ無条件に生活保護を受給している事実が広く伝われば、震災の被災者を含め日本の困窮者からも不満の声が上がりかねない。

 このように、現状では、脱北者をめぐる定着支援の問題は解決向かうよりは、矛盾を深めてきている。

 北朝鮮国内では、周知のように徹底した相互監視体制が敷かれている。北朝鮮で反政府運動が不可能な大きな理由の一つはこれであり、個人的な友情は築けても、社会的な相互の信頼関係を築くのは難しい。その心理状態を脱北者はそのまま、日本定着の際にも引き継いでいることがあり、脱北者同士の日本における連帯感は生まれにくく、支援者に対しても真の信頼関係や人間関係は築きにくい。脱北者の精神構造には様々な問題点が見受けられる。北朝鮮では、言語は政治的プロパガンダとしてしか使われないため、脱北者が政治的発言をするとき、今度は自らの体験を誇張し、聞き手が喜ぶように修飾してしまう傾向がある。したがって、脱北者に対して、日本語教育以上に今後必要なのは、日本の社会システム、生活保護の意味、法治の原則と違反への罰、NGO組織というものの存在など、基本的な社会のモラルを教育することが大事である。難民定住への取り組みの中で、多義的、多面的でより具体的な“やさしさ”のようなものも大事である(小泉 2017)。また、精神的なトラウマを深く受けている場合は、専門的な医師やカウンセラーの援助がどうしても必要であり、しかも、その専門家は一定のハングルの知識が必要な場合もあるだろう。これは、既に民間団体では限界があり、政府が取り組まない限り、定着には困難が続くであろう。報告者は、60歳以下の脱北者に対しては、原則的に国家からの経済的な生活支援は期間を限定(例えば1年間)とする、同時に、生活保護とは異なり、その限定期間内では脱北者が労働により得た賃金の額に関わらず、最低限の支援費は削減しないなどの措置をとり、労働意欲や学習意欲の向上を促進する必要がある。

 

 

参考文献

 

 宮塚寿美子(2015)「日本における北朝鮮難民(脱北者)の実態」『難民ジャーナル』第5号 難民研究フォーラム

 野口孝行(2010)『脱北、逃避行』新人物往来社

朴正鎮(2012)『日朝冷戦構造の誕生1945-1965』 平凡社

 山田文明(2010)「北朝鮮脱出者と日本定着支援の実情」『名城大学 経済・経営学会会報』No.41 名城大学経済・経営学会

  小泉康一(2017) 『グローバル・イシュー 都市難民』ナカニシヤ出版