「国民主権」が隠す植民地主義 ─在日朝鮮人が見る日本国憲法─

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「国民主権」が隠す植民地主義

─在日朝鮮人が見る日本国憲法─

 

                      報告者所属 青山学院大学

     報告者氏名 宋連玉(ソン・ヨノク)

 

キーワード:国民主権、東アジアの冷戦、在日朝鮮人、植民地主義

 

 

1.はじめに

 18歳選挙権導入を機に文科省が全国の高校で選挙制度や投票方法について教える「主権者教育」を推進するようになった。これに関連してある女性弁護士が小規模の集いでこの話題を切り出したが、参加していた在日朝鮮人女性から主権者教育を進める際にマイノリティの学生へはどう対処するのかという質問が出るや、たちまち返答に窮してしまった。このように、護憲派の法曹人ですら日本の公教育で学ぶマイノリティが視野に入っていない現実を見て、多くの憲法論議が「国民」を前提にして行われているという限界を痛感する。

 憲法九条を世界遺産にしようという市民運動もどうようの限界を抱えているとしたら、日本国憲法をめぐるグローバルな政治力学に共闘、あるいは対抗することは難しいのではないだろうか、競馬場にいながら馬券も買えない身(辛淑玉に言わせれば)でありながらも、内向きの事態に憂慮せざるを得ない。

 本稿では「国民主権」を謳う日本国憲法から疎外されてきた在日朝鮮人の個人的経験を踏まえて、日本国憲法が東アジアの冷戦や<戦後>も続く植民地主義を克服するためにどのようなことが考えられるのかを提言してみたい。

 

2.「国民主権」と植民地主義

 NHKの個人面接によるアンケート調査によれば、憲法九条の改憲を求める意見が2002年の58%から25%に減少し、逆に改憲に反対する意見が23%から57%に増えたということだ(NHKスペシャル 「日本国憲法 70年の潮流」2017年5月6日)。

 SEALDsなど若者のアクションの影響もあるだろうが、この数値の変化には従来通りの平和で豊かな日常を求める生活保守的な意識に支えられた面も否めない。また「国民主権」を謳った憲法と女性参政権などで男女平等を実現した日本の民主主義への信頼(=神話)はなおも根強く「国民」の意識を支配している。しかし「国民主権」の外部から見た場合、日本国憲法はどのような矛盾をはらんでいるだろうか。

1)在日朝鮮人の「国籍」と在留権

 私は「韓国」国籍を持つ在日朝鮮人2世だが、1952年、生後5年間有していた日本国籍を剝奪される。一方、日本国憲法施行の前日に最後の勅令として出された外国人登録令で「外国人とみなされた」矛盾した存在でもある。日本国籍の代わりに無国籍を意味する「朝鮮籍」が与えられるが、この無国籍が2016年末の時点で32,461人も存在すること自体、日本政府が植民地支配責任、戦後処理を放置してきたことを表す。

 「在日特権を許さない市民の会」が特権だと声高に非難する特別永住権は、再入国許可とセットになっており、在留資格喪失の理由にもなりうるものである。

2)国籍条項から排除される基本的人権 

 日本人なら18歳から選挙権が与えられる今日でも、外国人には地方選挙権すら与えられない。このような国籍条項はOECD加盟国で日本だけである。

国民年金、児童手当、公営住宅入居といった生活権も、日本が難民条約・国際人権規約を批准(1981年)するまでは外国人(実質的には朝鮮人)には許されていなかった。

 現在、外国人学校で朝鮮総連系の民族学校だけが高等学校等就学支援金制度の対象から外されているが、そもそも就学義務、教育権も国民にだけ認められている。在日朝鮮人が日本の学校教育を受けるのは義務ではなく恩恵であるために、私が大阪の公立小学校に入学する際には別途の手続きを取った。出席簿も日本人と朝鮮人とは分けて記載されていた。そこで受ける教育内容は日本の国民教育であり、就学旅行先は伊勢神宮であった。このように民族文化を学ぶ機会の無い、国民教育制度下で朝鮮人児童へのいじめや差別を無くそうとするのは本末転倒であろう。

 教員を含む公務員、国体への参加、海外派遣事業といった国籍条項から排除されている状況で、朝鮮人学生が将来に希望を見出して勉学に励むのは至難のことであった。

3)税金と生活保護 

 国税庁のホームページには憲法30条、「国民は法律の定めるところにより、納税の義務がある」と書かれている。実際に納税するのはすべての住民でありながら、憲法上「国民」という言葉を書き換えることもできないでいる。

 生活保護にも国籍条項はあるが、1954年に厚生省社会局長通知で国民に準じて外国人にも自治体の判断で生活保護を与える、とした。在日朝鮮人の貧困は日本にとっても大きな社会問題であったが、この生活保護受給者の実態が後に在日朝鮮人を北朝鮮へ「帰還」させる「人道」的口実となったのである。

 継続する植民地主義に喘いだ挙句、1959年からの始まった帰還事業で活路を北朝鮮に求めた在日朝鮮人のその後の困苦については、日本のマスコミが日常的に伝えるところである。

 

5.おわりに―日本国憲法が植民地主義を清算するために

 「韓国や沖縄に集中した基地が日本の平和憲法を守っているアイロニーは見えないままに、言い換えるとこのアイロニーに鈍感だからこそ、今日も継続する植民地主義を問題化する困難な作業を省略する」と書いたことがある(宋連玉2009)。

 朝鮮半島の南北分断は日本の敗戦処理の結果であり、アメリカによる日本の単独占領ともかかわる。南北分断はやがて朝鮮戦争を引き起こし、未曽有の人的・物的・心的・文化的被害を残した。今では南北の離散家族は互いの消息もつかめないまま、鬼籍に入りつつある。朝鮮半島の分断と戦争が日米安保の口実となり、日本の一党独裁を支え、その下で「平和」が保たれてきた。沖縄にとって日米安保条約は基地化の根拠となっている。

 今日の憲法9条を守ろうとする市民運動は、日本社会の右傾化と相まって、天皇の戦争責任、安保体制と切り離したところで議論されているように見受けられる。

 在日朝鮮人を取り巻く植民地主義は、このような東アジアの冷戦、日米安保体制と関連して再生されている。

 ヘイトスピーチに表れているように、植民地主義を可視化する暴力集団の認識は植民地期以来伏流させてきた憎悪心をあらわにする。

 日本国憲法が東アジアの平和に寄与する共有財産になるためには、植民地主義の克服が前提となるだろう。在日朝鮮人に則して具体的に言うならば、「朝鮮籍」に集約される植民地主義を正し、公的な謝罪声明と尊厳を認める法制度を整えるべきである。

 

参考文献

 林博史(2008)『戦後平和主義を問い直す―戦犯裁判、憲法九条、東アジア関係をめぐって』かもがわ出版.

 宋連玉(2009)『脱帝国のフェミニズムを求めて』有志舎.

 近藤敦編(2015)『外国人の人権へのアプローチ』明石書店.

 君島東彦・イ・キョンジュ(2016)「일본 평화 헌법의 아시아적 문맥(日本の平和憲法のアジア的文脈)」『헌법학연구(憲法学研究)』 22권 

 鄭栄桓(2017)「在日朝鮮人の「国籍」と朝鮮戦争」『プライム』明治学院大学国際平和研究所.

 中野敏男(2017)「「戦後日本」に抗する戦後思想」『<戦後>の誕生』新泉社.