平和研究とグローバル正義論の交錯点 ―構造的暴力と主体をめぐる問題を中心に─

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日本平和学会2017年度春季研究大会

報告レジュメ

 

平和研究とグローバル正義論の交錯点

―構造的暴力と主体をめぐる問題を中心に─

 

名古屋大学大学院法学研究科 博士後期課程

山田 祥子

 

キーワード:グローバル正義論、世界的貧困、構造的暴力、平和の主体

 

はじめに

 本報告では、現代政治哲学の一研究領域を形成するグローバル正義論研究が平和研究とどのような接点を持ち、それらが両者の発展にとっていかなる意義を有するかを探究する。平和研究の大きな特徴の一つがその学際性にあることに鑑みれば(岡本 2009)、政治学と哲学との交差領域である政治哲学にも、平和研究との対話が期待されていることだろう。政治哲学の側からのそのような試みとして、近年、我が国ではたとえば平和主義概念の規範的分析などの研究が見られるものの、世界大の問題を扱うという点で平和研究と視野を同じくするはずのグローバル正義論研究は、これまで明示的に平和研究との接点を持ってこなかったように思われる。本報告は、このような問題意識を背景とし、両者の間隙を埋めるのに貢献することを目的とする。

 本報告は以下のような構成をとる。まず、広義のグローバル正義論が扱う問題群とそれらが扱われる際に通底する視角を概観した後、本報告における焦点を狭義のグローバル正義論(以下、単にグローバル正義論と表記)に絞ることを示す(第1節)。次に、グローバル正義論がいかなる学問的出自を持ち、これまでどのような論争が交わされてきたかを説明し、その意義と限界を述べる(第2節)。続く二つの節では、かかる特徴を持つグローバル正義論が、平和研究といかなる接点を持ち得るかを検討する。まず、ヨハン・ガルトゥングが述べるところの構造的暴力という視点が、従来のグローバル正義論の問題点を浮かび上がらせることを指摘する。(第3節)。次に、かかる構造的暴力を改革していく主体の問題についても平和研究とグローバル正義論の間には対話可能性が開かれていることを示す(第4節)。

 

1.広義のグローバル正義論が扱う問題群

 グローバル正義論は、近年、政治哲学や法哲学の分野において著しい速度で研究蓄積がなされている分野である。我が国においても、「グローバルな正義」や「国際正義」という名の下で、専門分野を超えた学問的対話が活発に行われている(押村 2008; 伊藤 2010; 宇佐美編著 2014) 。

 グローバル正義論の大きな特徴は、それが本来的には問題駆動的な研究であるという点にある。すなわち、グローバル正義論が行うのは規範的探究であるが、それは世界で生じている現実の問題についての規範的分析である。扱われる主要な問題としては、世界的貧困、南北間格差、人権、移民、気候変動などが挙げられ、最も広義には正戦論と呼ばれている分野までもが含まれる。これらの一連の問題が扱われる際に通底する視角は、「我々は互いに地球規模で何を規範的に負っているか」である(Tan 2017)。

 以上のように、グローバル正義論は、広義には我々が直面している様々な世界的問題を扱う研究領域であると言える。しかしながら、狭義には「グローバルな分配的正義」と呼ばれるグローバルな貧困や不平等を中心に扱う分野を指すのが一般的であり、この意味でのグローバル正義論は、政治哲学における正義論や平等論の研究蓄積と絡み合い、独特の発展を遂げてきた。次節ではこの展開を概観したい。

 

2.グローバル正義論の展開および議論状況

 グローバル正義論の端緒は、ジョン・ロールズが1971年に出版した『正義論』に遡ることができる。ロールズはこの著作において、正義の第一義的な主題を社会の基本構造、すなわち、社会的諸制度が基本的な権利や義務を分配したり、社会的協働が生み出す便益を分配したりする仕方であるとし、それに適用されるべき二原理を提出した(Rawls 1971=2010)。この二原理は、同著作においてはあくまで自己充足的な社会の基本構造に適用されるものとされたが、この点を批判する者が現れた。彼らによれば、現在の世界を構成している国民国家はロールズが想定するような閉じられた社会ではなく、相互依存が進み、グローバルな協働システムと呼べるものが存在する。したがって、正義の二原理は国内だけでなく、世界大で適用されるべきである。しかしながら、ロールズ自身は、晩年の1999年に出版した国際的正義に関する著作『万民の法』において、かかるグローバルな平等主義的思考を批判した。ロールズによれば、万民の法が命じるのは「重荷に苦しむ社会」に対する「援助の義務」であって、グローバルな分配原理ではない。なぜなら、後者には明確な達成目標や終止点がないからである。ロールズは、貧困に苦しむ社会が自らの未来を決定できるよう手助けをするという、明確な目標を持つ援助義務を支持する。

 以上の議論は、正義の範囲は国境を越えるか否かという論点を形成し、グローバル正義論は、コスモポリタニズムと国家主義(あるいはコミュニタリアニズム)という二つの対立軸を中心に展開してきた。コスモポリタニズムは、世界中の諸個人を道徳的単位と見なすため、国境を越えたところにいる人々にも正義は及ぶと考える。他方、国家主義は、正義の範囲が及ぶのは同じ国家に属する人々であると考える。しかしながら、近年このような対立軸は袋小路に陥っていると見なされ、両者を和解させるような道が模索されている。

 

3.平和研究とグローバル正義論 (1)――構造的暴力をめぐって

 以上のように、グローバル正義論は、どのような範囲の分配がいかなる根拠によって望ましいかという問題を中心に扱ってきたが、これを平和研究の視点からはどのように評価できるだろうか。このことを考えるにあたり、まずガルトゥングの構造的暴力の概念が役に立つだろう。周知のとおり、ガルトゥングは平和とは暴力の不在であると主張した。その際、暴力概念を個人的暴力と構造的暴力とに分類し、前者の不在を消極的平和、後者の不在を積極的平和として、平和の概念を拡張した。構造的暴力の不在すなわち積極的平和は、社会正義であるとも述べられている。

 制度と関連づけられた分配に重きを置いてきたグローバル正義論は、世界中に張り巡らされた構造が孕む暴力性を十分に考慮してきたとは言い難い。すなわち、分配パターンを生み出す構造やそれらが持つ危害性といった問題は十分に論じられてこなかった。これを受け、近年では、世界規模の歪んだ産業構造が生み出す構造的不正義という観点や、グローバルな制度的秩序の持つ危害性という観点からのグローバル正義論が提唱されている(Pogge 2008=2010; Young 2011=2014)。平和研究としてのグローバル正義論の発展のためには、これらの研究が重要な検討材料となるだろう。

 

4.平和研究とグローバル正義論 (2)――主体の問題をめぐって

 前節で述べた構造的暴力の改革を担い得る主体は誰なのだろうか。平和を国家間の戦争の不在と考える平和観に基づけば、平和にとって重要な主体は国家であろう。しかしながら、平和を構造的暴力の不在をも含意するものとして捉えるならば、国家だけでなく、個人、地域社会、NGOをはじめとする様々な主体が立ち現れてくる。このことは、民衆や女性といった、従来は周縁として扱われてきた主体に目を向ける必要性を意味するだろう(竹中 2014)。

 以上の視点は、グローバル正義論にとっても、その限界を示し、今後の展開可能性についての示唆を与えるものである。従来の主流のグローバル正義論においては、不正義を改革する主体は先進諸国の政府や市民であると考えられてきた。なぜなら、それら諸議論における中心的な問いは、「私たち先進諸国の人々は、国境を越えたところにいる貧困に苦しむ人々に対してどのような義務を負っているか」というものだったからである。しかしながら、このような議論は、貧困に苦しむ人々をもっぱら正義の受け手と見なし、その主体性を軽視しているとして近年批判されている(Deveaux 2015)。貧しい人々は、グローバル正義の実現にとって不可欠な、必ずしも国家を前提としない集合的行為の一翼を担い得る存在である(山田 2016)。

 

参考文献

 伊藤恭彦 (2010)『貧困の放置は罪なのか――グローバルな正義とコスモポリタニズム』人文書院.

 宇佐美誠編著 (2014)『グローバルな正義』勁草書房.

 岡本三夫 (2009)「平和学の方法」岡本三夫・横山正樹編『新・平和学の現在』法律文化社, 22-39頁.

 押村高 (2008)『国際正義の論理』講談社現代新書.

 竹中千春 (2014)「平和の主体論――サバルタンとジェンダーの視点から」日本平和学会編『平和の主体論(平和研究 第42号)』早稲田大学出版部, 1-18頁.

 山田祥子 (2016)「グローバルな正義論における『現実』の意味(3・完)――制度主義を中心に」『名古屋大学法政論集』第266号,169-189頁.

 Deveaux, Monique (2015) “The Global Poor as Agents of Justice”, Journal of Moral Philosophy, Vol. 12, Issue 2, pp. 125-150.

 Pogge, Thomas (2008=2010) World Poverty and Human Rights: Cosmopolitan Responsibilities and Reforms, Second Edition, Polity Press.(立岩真也監訳『なぜ遠くの貧しい人への義務があるのか――世界的貧困と人権』生活書院)

 Rawls, John (1971=2010) A Theory of Justice, Harvard University Press.(川本隆史・福間聡・神島裕子訳『正義論 改訂版』紀伊國屋書店)

 Tan, Kok-Chor (2017) What Is This Thing Called Global Justice?, Routledge.

 Young, Iris Marion (2011=2014) Responsibility for Justice, Oxford University Press.(岡野八代・池田直子訳『正義への責任』岩波書店)