日中平和学対話の成果、これからの課題

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7月1日_第2回日中平和学対話 in 南京の報告会.pdf
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日中平和学対話の成果、これからの課題

Ⅰ 第2回日中平和学対話in 南京

1 二度目の日中平和学交流事業として

 日本平和学会と中国の平和研究者の第1回交流事業は、2015年10月、中国チャハル学会との共催により北京で実施された国際シンポジウム「中日関係の過去・現在・未来」であった。同シンポには本学会から佐々木寛会長(以下、役職は当時、報告順)、君島東彦企画委員長、古沢希代子国際交流委員長、および奥本京子平和教育プロジェクト委員長の4名が参加し、中国側研究者8名との間で歴史認識、尖閣諸島やエネルギーといった日中関係における諸問題とその解決アプローチについて議論した。

 続く第2回交流事業は2017年2月に南京で、南京大虐殺史及び国際平和研究院、中国チャハル学会、南京大学平和学研究所との共催により「アジア平和の新たなビジョン」学術シンポジウムとして実施した。本学会からは、君島東彦会長、佐々木寛理事(第21期会長)・国際交流委員、奥本京子事務局長・理事、児玉克哉会員、勝俣誠理事、古沢希代子理事・国際交流委員、佐伯奈津子理事、木村朗理事、加治宏基会員、横山正樹理事の10名が参加した。また、特別ゲストとしてヨハン・ガルトゥング氏が招聘され基調講演を行った。

 平和学を通じた日中研究者間、ひいては東アジアにおける平和学対話を発展させるため、南京での交流事業の成果、そこからみえてきた課題、そして課題解決のためのアプローチなどを試論として本学会員と共有すべく、以下のとおり報告する。

 

2 基調講演と研究報告・交流

 やはり、ヨハン・ガルトゥング氏の平和論はラディカルであった。彼の洞察力については贅言を要さないが、基調講演において南京で起きた4度の大量殺戮事件に言及された。そして、「当事者の間で、その責任のすべてを日本に課すという合意があったのか」と問うた。もちろんそのような合意はないが、あたかも加害の責をすべて日本に負わせるかのような、限定的に史実を切り取ったトラウマに囚われては、南京を反戦都市には仕立てても平和都市へと仕上げることはない、と指摘した。平和都市を構築するため、氏は日中の平和学対話に積極的平和を期待している。

 上述のとおり示唆に富む指摘と提言を受けて、報告セッションに入った。午前は日中各5人が、続く午後のセッションでは日本側5人、中国側4人が、それぞれの研究テーマに即した報告を行った。最後に全体ディスカッションが設けられ、各論に関する質疑応答を含め日中における平和構築アプローチについて、幅広い議論が行われた。例えば、中国側報告者から、ガルトゥング氏の提唱された積極的平和と安倍首相の積極的平和主義をめぐる問題提起がなされたが、その議論によって日中の平和学対話は「共通言語」を持ち合わせていないと確認した。

 しかし同時に2点の疑問を抱いた。まず両国の平和学者はともに「ガルトゥング平和論」というプラットフォームに依拠するほかないのか、次に日中独自の、東アジア発の平和学の知的共有材をいかに創出するのか。別言すれば、日本側はまず「ガルトゥング平和論」に依拠するのが“常識”だというスタンスにあるが、その先に日中の「共通言語」を創出しようという展望を抱いている。

 この経験から、中国学術界をとりまく中国の特色が垣間見られた。日本側にとっては平和学の基礎といえる“常識”的概念が浸透していない。もしくは、一見するとそのように見受けられる。ただし実際のところは、こちらの発する「共通言語」を認識しているが、それに対応した発信をなし得ない事情と場合があるのだ。そうしたカウンターパートの機微を読み解きつつ、互いに特殊性を理解し尊重し合うことに、交流を深める意義があるのであって、その先にこそ日中平和学の特色あるプラットフォームを構築できよう。

 最後に、今回の日中平和学対話の成果として、4項目のコンセンサスをとりまとめた。1)歴史を正視、悲惨な戦争の教訓から学び、全力で戦争の悲劇を繰り返させない。2)お互いに誠実に向き合い、民間の対話と交流を深め、日中両国人民の相互信頼と友好の基礎を固める。3)未来に目を向け、若者の教育支援を強化、日中両国が世代友好の種を撒く。4)平和を守り、人類の運命共同体意識を樹立し、東アジアおよび世界平和のために貢献する。

日中関係に限らず国際交流の場面で、民間対話が国家関係を好転させるダイナミズムを生む、と指摘されて久しい。国家関係が膠着状態に陥り、将来に光明が見出せない状況が続けば続くほど、同様のキャッチコピーが繰り返し喧伝されてきたことも事実である。また、民の立場からそうした発信をするように、官製の友好ムードが演出されたりもした。ただしそうした活動によって、大学など教育機関の学術・教育プログラムが広く実施され、顔の見える交流が可能となり、それがそれぞれの世論形成に大きく寄与したことを看過すべきでない。

 

Ⅱ 日中平和学対話の展望

1 日中世論の現状

 日本国内閣府は1978(昭和53)年から毎年、「外交に関する世論調査」を実施しており、そのなかに「中国に対する親近感」と「現在の日本と中国との関係」がある。直近では2016(平成28)年11月に実施され、有効回収標本数1,804(母集団は18歳以上の日本国籍者男女3,000人)の調査結果が同12月に公表された。前者については、「親しみを感じる」(3.4%)と「どちらかというと親しみを感じる」(13.4%)を合わせて前年比2%増だったのに対して、「親しみを感じない」(46.0%)および「どちらかというと親しみを感じない」(34.6%)が5年連続で8割を超えた。

 これは後者、つまり日中関係をめぐる現状認識とパラレルなものであり、「良好だと思わない」(39.1%)と「あまり良好だと思わない」(43.8%)の計83.0%が、「良好だと思う」(0.8%)ないし「まあ良好だと思う」(11.7%)を大きく凌ぐ。尖閣諸島周辺で起きた海上保安庁の巡視艇と中国漁船との衝突事件以降、2013年度まで4年にわたり9割を超えていたことを想起すれば、僅かながら安定したともいえるが、これはなお深刻な数値である。

 それでは、日本人は関係悪化の要因はどこにあると認識しているのだろうか。近年、授業などで学生に「日中関係がうまくいかない原因はなにか」と問いかけると、「尖閣問題」や「領土問題」という答えが十中八九である。同様の認識が日本社会で広く共有されていることは、例えば「言論NPO」による世論調査でも裏付けられる。2016年8-9月に実施された「第12回日中共同世論調査」では、有効回収標本の66.6%が「領土をめぐる対立(尖閣諸島(魚釣島)問題)」を挙げており、「海洋資源などをめぐる紛争」(35.4%:2位)や「日中両国民の間に信頼関係ができていないこと」(31.5%:3位)との差は歴然である。

 なお、この調査結果では「中国の歴史認識や歴史教育」(23.0%)と「日本の歴史認識や歴史教育」(6.0%)を合わせると4位に相当するが、ひと頃に比べると外務省がいうところの「歴史問題」は、日中関係においてその比重が小さくなっている。この点からも、いわゆる「尖閣問題」が今日の両国関係において特異なインプリケーションをもち、それがボトルネックとなっているとの世論を形成している。しかしながら、日本政府は「尖閣諸島をめぐって解決しなければならない領有権の問題はそもそも存在しません」(外務省ウェブサイト)との立場を一貫してとっている。

 

2 日中でともに“平和学する” ために

 著者は、日本では政府見解が世論から、もしくは世論が政府見解から乖離しているとあげつらいたいのでない。そのようなことは、どの国・地域でもしばしば起こることだ。むしろ論点は、日中の平和学対話をいかに発展させるか、その方法論の模索に置かれる。中国学術界は同国の政治空間の一部であって、それは習近平体制に限らず、かねてからの特色である。私たち日本の平和学者としては、言うまでもないことだが、その政治空間の情勢を注視し、カウンターパートへの配慮を欠かさずに学術対話を続けることが必須となる。

 尖閣問題をめぐり日中関係が悪化するなか、中国政府は2012年6月に南沙諸島、西沙諸島および中沙諸島の島嶼と海域を管轄する海南省三沙市を設置し、中国共産党は同年11月、第18回党大会報告で「海洋強国」を建設する方針を打ち出した。またこの年、南シナ海で人工島の建設に着手している。中国とASEAN諸国は、2002年に「南シナ海に関する行動宣言」に署名し、2011年のASEAN・中国外相会議では「南シナ海に関する行動宣言ガイドライン」を採択してきたにもかかわらず、中国側は一方的に、それらを反故にするかのような措置を重ねている。

 2012年のASEAN外相会議は共同声明を採択できなかった反面、2014年のASEAN首脳会議・外相会議が「深刻な懸念」を表明するなど、加盟国の対応は一様ではない。フィリピンは常設仲裁裁判所に仲裁手続きを要請し、2016年7月の判決で全面的に主張が認められた。中国政府は終始提訴への対応を講じることはなかったものの、海洋国家にかかる政策展開と世論形成を進めるうえで、むしろ重視せざるを得ない課題となった。この変化にともなって、外交課題としては日本同様に、歴史認識問題の比重が相対的に低減した。

 そのうえで指摘したいのが、今日の中国政府、殊に習近平国家主席の歴史認識についてである。2015年の第二次世界大戦(中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争)勝利70周年記念式典にて明示されたとおり、従来型の「侵略被害者」「植民地」視点でなく「戦勝国」「戦後国際レジームの創設者」たる歴史観に根差すのが、彼の中国像である。その中国だからこそ、「一帯一路」やAIIBを整備し、チャイナ・ドリーム(中国夢)を実現し得る国家なのだ。

 官民を問わず、多くの日中交流の局面では、歴史認識問題との対面が不可避であり続けてきた。そして、ともすれば学術交流においても、いかに謝罪を表現する/受け容れてもらうかを日本側の最優先課題として仮設しかねない。しかし誤解をおそれずにいうならば、それは日中の平和学者が連携し平和学のプラットフォームを形成する、つまり“平和学する”には不要なタスクであろう。なぜなら、特定領域に特化した課題解決型アプローチは多元的な日中関係を歴史認識問題や尖閣問題に矮小化しかねないからである。

そして何より日中の平和学者は、侵略者と被侵略者、加害者と被害者、ましてや勝者と敗者を代表するのでなく、また平和学の師匠と弟子でもない。今回の日中平和学対話in 南京は、そもそも、そうした準拠枠に陥らぬコミュニティであることを、改めて確認する機会となった。それとともに、民間対話の促進から、さらに一歩踏み込んだ学術交流を具現化する行動(例えば、中国平和学会や東アジア平和学会の創設)を日中平和学対話から始めねばと、思い至った。