日本学術会議の「2017 年声明」を考える — 歴史的視点から —

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日本平和学会 2017 年度春季研究大会報告レジュメ

 

日本学術会議の「2017  年声明」を考える

—  歴史的視点から —

 

もと北海道大学

杉山 滋郎

 

 

キーワード:日本学術会議、軍事研究、安全保障技術研究推進制度、学問の自由、デュアルユース

 

1. はじめに

日本学術会議は、2017  年 3  月に「軍事的安全保障研究に関する声明」(以下では 2017 年声明と

略記)を発表した。本報告では、1) 2017 年声明の内容を特にその論理構成に注目して整理し、2) 先行する 1950 年の声明および 1967 年の声明との関係に注目して 2017 年声明の特徴を明らかにする。そのうえで、3)     2017   年声明を生かすために何をなすべきかについて私見を述べる。

 

2. 2017  年声明の論理構成

 2017   年声明は、軍事研究(声明では「軍事的安全保障研究」と表現)に含まれうるものとして、1) 軍事利用を直接に研究目的とする研究、2) 研究資金の出所が軍事関連機関である研究、3) 研究成果が軍事的に利用される可能性がある研究、の 3 種を挙げ、これらについては「適切性を目的、方法、応用の妥当性の観点から技術的・倫理的に審査する」べきだという。

 3) が、 2) と並列する形で明示的に登場したことは注目に値する。これにより、研究成果が軍事的に利用される(可能性がある)研究でも、あらためてその適切性を判断するべきだということ になった。言い換えると、軍事研究のうちにも「適切なもの」がありうる、としたわけである。ま  た、たとえ民生的な研究資金によるものであろうと「適切でないもの」がありうる、としたことに   もなる。

 では、その適切性をどう判断するのか。声明は、「目的、方法、応用の妥当性の観点から技術的・倫理的に審査する」と言うのみである。そして、そうした審査(判断)を「大学等の各研究機関」あるいは「それぞれの分野の学協会等」に委ねる。

 しかし、「安全保障技術研究推進制度」については何か具体的なことを述べる必要があった。そ こで声明は、まず呼びかけの対象を「大学等」に絞り、そのうえで「学問の自由」を登場させる。大学等は「学問の自由を基礎とする」機関・組織であり、そこで行なわれる軍事研究については、

「研究の自主性・自律性、研究成果の公開性」など、学術研究に及ぼす影響を総合的に検討した上  で判断されるべきだとする。すると安全保障技術研究推進制度は、「政府による研究への介入の度   合いが大きい」ので「問題が多い」ということになる。

 

3. 2017 年声明の特徴 —  先の二つの声明から、何を継承した(しなかった)か

1950 年の声明が出て以降、年が経過するにつれ、1) 防衛庁も技術研究本部を設置して独自に軍事研究を行なうようになる、2)  民間の研究開発力が高まる、3)  民間産業にも研究者が大量に所属するようになり、局面によっては「大学の研究者」の役割が相対的に小さくなる、などの変化が起きた。したがって先行する 2 つの声明を再検討するにあたっては、こうした事態にどう対応するかが肝要であった。

 2017  年声明は、先の声明の主体である「われわれ」を、こうした事態に合わせ研究者コミュニティ全体へ拡大するという道はとらず、「大学等」の研究者に限定した。また「われわれ」の憂慮する問題群を、軍事研究が「社会へ及ぼす影響」ではなく、軍事研究が「学術研究に及ぼす影響」へと移した。

 2017 年声明は、軍事研究に対し歯止めをかけようとしている点では、たしかに 1950 年声明 1967 年声明を継承している。しかしそれは、1) 軍事研究がもたらす「社会への影響」を、直接的に論じようとしていない点で、また 2) もっぱら「大学等」の研究者を対象にしている点で、先の 2 つの声明の精神とは異なるものになっている。

2017         年声明には、先の二つの声明にはなかった論点、すなわち「デュアルユース」の問題が登場している。この問題に関し 2017 年声明は、民生分野の研究費を充実させれば問題が解消する、と理解しているようにみえる。そうだろうか。デュアルユースの性質をもった研究の成果が軍事目   的に利用されるのを制御するには、それが利用される場面、研究の「出口」で管理することが欠か せないと思われる。しかるに   2017     年声明は、この「出口」管理を放棄して(ないし位置づけを大きく下げて)しまっている。

 

4. 2017  年声明を生かすために

 日本学術会議で 2017 年声明の発出に向けて検討作業が進められていた頃、防衛省は 1200 億円余りの研究開発費を含む 2017 年度予算を概算要求していた。そこには、たとえば「弾丸の高速化を実現する電磁加速システム」の開発(21 億円)も含まれていた。「ゲーム・チェンジャー」になりうると謳って米海軍が取り組んできたものだが、当時、この研究開発を続行するかどうか再検討  すべきだとの報告書が米議会に提出されていた。しかし日本では、防衛省の研究開発費について然   るべき場で検討すべきだと発言する人は、報告者の知る限りいなかった。安全保障技術研究推進制 度に反対する人たちの中にも。

 学術界は、科学技術が社会にもたらす様々な影響に対し幅広く関心を寄せ配慮を払うべきだと思う。にもかかわらず現実には、学術界の関心の向く先は、きわめて偏っている。敢えて言えば「大   学が聖域化されればそれでよし」とするような発想があるように思える。今回の  2017  年声明で、(それが「大学等」に的を絞っているがために)そうした偏りが助長されるのではないかと危惧する。

 2017 年声明は、国論が二分する問題には踏み込まないという条件下でまとめられた。しかし、そうした問題について議論することの必要性・重要性は認めている。「社会と共に」稔りある議論を  進めるには、学術界が、1) 信頼できる情報、2) 長期的な視点に立った見方、3) 諸問題の相互の結びつきが理解できるような情報(たとえば、諸問題の解決策をセットにした選択肢)を提供し、4) できるだけ具体的な事例に即して議論することが肝要と考える。

 また、日本の学術界が米軍から研究資金を受け取っているという問題がある。これについては、軍事との関係で検討するだけでなく、より広く、学術振興のあり方との関係でも検討する必要があ ると思われる。

 

主要参考文献

 杉山滋郎(2017)『「軍事研究」の戦後史』ミネルヴァ書房日

 本学術会議(2017)「軍事的安全保障研究に関する声明」日

 本学術会議(2017)「報告 軍事的安全保障研究について」