100の論点:12. 現在の米国の安全保障戦略はどのようなものでしょうか。

 2010年1月に発足したオバマ政権は翌年11月17日、豪州議会での演説でアジア太平洋重視戦略(「リバランス」戦略)を打ち出しました。防衛予算を含む大幅な予算削減を迫られる中、アジア太平洋を最優先し、この地域では防衛予算の削減を行わないことを明らかにしました。

 戦略の見直しの背景には、財政赤字の削減のため今後10年間で4870億ドルの削減を強いられることになったことが最大の要因ですが、その他には、イラクからの米軍撤退の実現、中国が南シナ海で「責任ある利害保有者」として行動していないという懸念と中国のパワーへの対応、および急成長するアジアはアメリカの繁栄にとってきわめて重要だとの認識が働いていました。

 2012年1月に発表された国防省の国防指針報告書『米国のグローバル・リーダーシップの維持』は、(1)アジア太平洋重視戦略を確認し、中国の軍事力増強、核不拡散、朝鮮の脅威、サイバー攻撃、テロリズム、麻薬の取り締まり、自然災害への対処、(2)兵力の広範な分散と柔軟性の確保(沖縄、グアム、ハワイの基地の強化、フィリピン、シンガポール、タイ、豪州への海兵隊のローテーション方式によるプレゼンスの維持、日本と韓国における恒久基地の維持)(3)同盟諸国・友好国との関係強化、(4)インドとの戦略的パートナーシップの強化、(4)東南アジア重視(ASEAN地域フォーラム=ARFへの積極的参加、インドネシア・ヴェトナムとの関係強化)を推進するとしています。

 注目されるのは、(1)規範やルールを遵守する「利害保有者」として振る舞うことを期待して、中国を排除するのではなく、包摂するアプローチを重視しながらも、他方で中国が軍事大国として、将来米国の安全にとって軍事的脅威となる場合に備えるためヘッジ戦略(二股戦略)を採用していること、くわえて、(2)米日韓の同盟強化と米印パートナーシップの促進、(3)西太平洋の南西諸島を含む地域における防衛態勢の強化を目指していることです。 2013年10月3日の日米安全保障協議委員会共同発表は、米国のアジア太平洋重視戦略の一環としての日米同盟強化を目指すもので、「日米同盟の枠組、みにおける日本の役割の拡大」と「集団的自衛権の行使に関する事項を含む」安全保障の法的基盤の構築を謳っています。解釈の変更による集団的自衛権の行使を容認する2014年7月1日の安倍政権の閣議決定と、それに続く安保関連法案の国会提出は、同盟国に役割分担の増大を求める米国の安全保障戦略の目的に沿うものです。 (菅 英輝)

参考文献:

遠藤誠治編『日米安保と自衛隊』岩波書店、2015年。

柳澤協二『亡国の安保政策』岩波書店、2014年。

豊下楢彦、古関彰一『集団的自衛権と安全保障』岩波新書。2014年。

菅英輝『アメリカの世界戦略』中公新書、2008年。