武力紛争やテロリズムと貧困との関係は複雑です。今日の紛争の多くが貧困地域で起こっていることは事実です。しかし、貧しいから紛争が起こるのだ、とは言えません。アフリカには貧しい国が多く、紛争も数多く起こっていますが、例えばタンザニアやブルキナファソなど、貧しくても大きな紛争を経験していない国はたくさんあります。
貧困がテロリズムの温床になる、という議論もしばしば耳にします。しかし、テロリズムの首謀者は必ずしも貧困層ではありません。2001年の同時多発テロ事件を指導したオサマ・ビン・ラディンがサウジアラビアの裕福な家庭の出身であったことはよく知られています。
この問題を考えるためには、今日の紛争やテロリズムがどのような性格のものなのかを理解する必要があります。今日の紛争は、ほとんどの場合国内紛争(内戦)です。つまり、国家の統治のあり方をめぐって、突き詰めれば誰が国家権力を握るのかをめぐって、紛争が起こるのです。アフリカで典型的に見られることですが、植民地列強によって恣意的につくられた国家が独立したとき、国民の間には国家を運営していくための共有されたルールが欠如していることが少なくありません。そうしたなか、政治指導者の間で国家権力をめぐる争いが起きれば、権力闘争は容易に武力紛争へと発展します。紛争は、国家統治の脆弱性に由来するのです。
一般にテロリズムという手法が選択されるのは、正規戦では勝ち目がない相手に自分の存在を認めさせ、譲歩を引き出すためです。今日最も深刻なテロリズムは、アルカーイダなどイスラーム急進主義によるものでしょう。この種のテロリズムが伸張した理由も複雑ですが、根幹にあるのは不正義の認識ではないでしょうか。米国を中心とする国際社会の中東政策やヨーロッパにおける移民の処遇が、結果として多くの人々に不正義だと受け取られてしまったことが、この種のテロリズムの伸張を促したと考えます。
紛争やテロリズムに対処するため、国際社会は軍事、外交、開発という3つの方向から平和構築の政策を講じてきました。政策の手段として、抑止のための軍事力、政治交渉のための外交、そして人々の生活を改善するための開発がいずれも欠かせません。テロリズムをめぐる議論では、相手の暴力に引き摺られて、軍事的、懲罰的な措置に焦点が当たりがちですが、外交的な対応はもとより、国家統治のあり方や人々の生活向上、そして不正義と認識される政策の是正など、多面的なアプローチが必要なことを忘れてはなりません。(武内進一)
参考文献
武内進一「アジア・アフリカの紛争をどう捉えるか」同編『国家・暴力・政治――アジア・アフリカの紛争をめぐって』アジア経済研究所、2003年、pp.3-37.