100の論点:21. 安倍政権の基本政策として「積極的平和主義」という言葉をよく聞きますが、これは何なのでしょうか。

 安倍首相が「積極的平和主義」という言葉を自覚的に使い始めて2年が経ちました。2013年9月12日、首相の私的諮問機関「安全保障と防衛力に関する懇談会」の第1回会合の冒頭挨拶の中で、安倍氏は「国際協調主義に基づく積極的平和主義」という言葉を初めて使いました。この言葉は、同年12月17日に閣議決定された「国家安全保障戦略」の基本理念となり、安倍政権の安全保障政策のキーワードとして急速に浸透しました。

 「積極的平和主義」という言葉を聞くと、多くの日本人は日本国憲法の平和主義を連想するかもしれませんが、安倍政権の「積極的平和主義」は日本国憲法の平和主義とは関係がありません。他方で、積極的平和という言葉は、平和学でいう構造的暴力=社会的不正義を克服するものとしての積極的平和とまぎわらしいかもしれません。しかし、安倍流「積極的平和主義」は平和学でいう積極的平和ともまったく関係がありません。安倍首相が「積極的平和主義」という言葉を使い始めたとき、平和学でいう積極的平和のことは意識していなかったと思われます。

 それでは、安倍流「積極的平和主義」はどこから来たのでしょうか。これは日本外務省の「湾岸戦争トラウマ」に由来すると見るべきでしょう。1990-91年、イラクのクウェート侵攻に米軍を中心とする多国籍軍が対処した湾岸戦争のとき、日本は財政支援のみで軍事的貢献をできなかったことが、日本外務省のトラウマとなっています。この頃から、小沢一郎氏や伊藤憲一氏など保守政治家および外務省筋は、それまでの日本の政策を「一国平和主義」あるいは「消極的平和主義」と呼んで、それからの転換、つまり「積極的平和主義」を主張してきました。その後も、「積極的平和主義」への転換を主張する民間シンクタンクの提言が何度か発表されています。

 いまの安倍政権の「積極的平和主義」の提唱者は 、外務省出身で内閣官房副長官補・国家安全保障局次長の兼原信克氏と言われています。安倍政権の「積極的平和主義」は、非軍事的な取り組みを視野に入れつつも、自衛隊海外派遣等によって国際社会における相応の軍事的役割を果たしていく──したがって国連安保理の常任理事国入りもなお追求する──という側面が強調されています。日本国憲法から「積極的平和主義」が導かれたのではなくて、逆にこの「積極的平和主義」に適合するように日本国憲法9条を改変することが追求されています。

 安倍政権は「積極的平和主義」の英訳として、”proactive contribution to peace”という言葉を使っています。非軍事、非暴力を含意するpacifismという英語は使えないわけです。わたしたちは絶えず「平和主義」あるいは「平和」が何を意味しているのか、吟味する必要があります。

 ここで日本国憲法の平和主義について簡潔に触れておいたほうがよいと思います。日本国憲法の平和主義には2つの側面があると思われます。1つは「しない」平和主義です。9条は「武力行使をしない」「戦力を保持しない」ことを求めています。これは日本政府に対する禁止です。もう1つは「する」平和主義です。憲法前文を注意深く読むならば、日本国憲法は国際社会の暴力──専制と隷従、圧迫と偏狭、恐怖と欠乏──の克服に積極的に取り組む日本国民の決意を確認していることがわかります。この側面は積極的な政策展開ないし実践となりますから、積極的平和主義といえます。そしてもちろん前文と9条はセットですから、「する」平和主義の方法は非軍事的、非暴力的なものとなります。世界各地で展開されているNGO活動は「する」平和主義の好例です。

 安倍政権の「積極的平和主義」の内実を見極めつつ、日本国憲法に立脚する積極的平和主義を実践していくことがわたしたちに求められているのではないでしょうか。

(君島東彦)

 

参考文献

兼原信克『戦略外交原論』(日本経済新聞出版社、2011年)

伊藤憲一『新・戦争論──積極的平和主義への提言』(新潮新書、2007年)

ヨハン・ガルトゥング「日本のための積極的平和政策──いくつかの提案」ヨハン・ガルトゥング/高柳先男ほか訳『90年代日本への提言──平和学の見地から』(中央大学出版部、1989年)99-147頁