100の論点:50. 安保法案は紛争地で活動しているNGOに負のインパクトを与えないでしょうか。

   NGO(非政府組織)とは、文字通り政府から独立して活動する民間の組織です。政府から独立し中立であることで、国籍や外交関係にとらわれずに人道の視点にたって自然災害や紛争などで生活に困難を抱えている人々に対する支援活動が行えるのです。しかし、この安保法案は、海外とりわけ紛争地で活動するNGOをより危険な状態に置き、そのためNGOの人道支援活動をやりづらくさせ、結果として非暴力で国際貢献する日本のイメージを損なわせることにもなりかねません。

  議論されている安保法案の論点の一つに、海外とりわけ紛争地で活動するNGOに対する自衛隊による「駆けつけ警護」があります。しかし、この「駆けつけ警護」は本当に現地で活動するNGOの安全を守るのでしょうか?現場を知るものとして、それは極めて難しいと言わざるを得ません。実際2011年、スーダン、南コルドファン州の州都カドグリで戦闘が勃発した際、私が所属するNGO団体が急な砲撃のまっただ中に巻き込まれ身動きができなくなったことがありました。当時スーダンにはPKO軍が駐留していたのですが、その戦闘の激しさに救出コンボイを出せませんでした。結局、近くの現場で長年活動し、現地社会に溶け込んでいた援助関係の仲間によって助け出されたのです。これが現実です。すなわち、現代の紛争は、予期せぬ形でエスカレートし、砲撃が飛び交うことがあります。そうなった時には、現場は混乱に満ち、とても冷静な判断ができるような状況ではありません。「駆けつけ警護」は、そんな危険極まりないところへ飛び込むことを意味します。外国のPKO軍などでも危なすぎて近づきません。

  外国の精鋭部隊でも飛び込んで行かないようなところで、経験浅い自衛隊に一体何ができるでしょうか。仮に覚悟を決めて飛び込んだならば、当然武器を使用して武装勢力と交戦する事態を覚悟しなければなりません。しかし、一旦そうなれば、もう日本の自衛隊は完全に武装勢力の「敵」となり、その時から同じ日本のNGOも中立性が疑われ、以後狙いやすい攻撃対象となってしまうことは必至です。現地で活動する危険が高まれば、活動を止めて撤退せざるを得ないNGOも出てくるでしょう。紛争地での身勝手な行動は、時に紛争を助長させる火に油を注ぐような無謀で迷惑なことにもなりかねないのです。人道支援で「Do No Harm」(害を与えない)という原則が重要なのは、そのためです。

   NGOにとって中立であることは、「Do No Harm」の前提です。これまで日本のNGOは、それが平和憲法下での非戦の実績によって守られてきました。2003年のイラク戦争に多くのNGOが反対したのは、それが蔑ろにされようとしていたからです。日本がアメリカの戦争に協力すれば、NGOも中立性が疑われ、人道支援活動が十分にできなくなる恐れがあったからです。この安保法案によって、日本はイラク戦争のようなアメリカが行う戦争にもっと積極的に、それも軍事的手段を持って加担することになりますから、NGOは高いリスクを背負って現場に行かざるを得ないことになります。つまり安保法案の「駆けつけ警護」の議論は、「日本人を守る」という美名の裏で、実際には人道支援NGOを危険な状態に追い込むという御為ごかしの何ものでもありません。現場のリアリズムに基づかない感情論は、NGOにとって甚だ迷惑なことです。

   このことを現場の声として伝えようと、多くの国際協力NGOが集って「非戦ネット」を立ち上げました。それはまた、机上の空論(駆けつけ警護)で国民を欺き、強行採決を図ることは、住民主権という国際協力で求めているもう一つの大事な価値を、日本自信が蔑ろにするダブルスタンダードにもなるからです。

  日本が本当に平和理念を国際社会に広め、評価を得たいと思うのならば、国際人道支援NGOが現場でコツコツと積み上げてきた活動の邪魔をせず、側面から支えることではないでしょうか。そして、この「側面から支える」ことに最も役立ってきたのが、世界の人々の平和的生存権を非軍事的な手段によって達成すると宣言した日本国憲法です。日本の武力によらない地道な活動は、国際社会、特に今も紛争に苦しむ中東やアフリカの人々から高く評価されています。日本への信頼を生み出す役割も果たしてきました。これを捨て去り、日本の国際貢献のあり方を自ら狭めることは、安全保障の観点からも誤りです。海外での自衛隊による武力行使に、戦時兵站支援である後方支援や武器輸出の緩和などが加われば、もはや平和主義国家としての日本のイメージは一変するでしょう。そして、紛争に対する中立国としての「日本ブランド」が失われるのです。そうなれば、NGO職員や現地協力者が紛争当事者から攻撃され、「テロ」の標的となる危険性が格段に高まることは、既に述べたように明らかです。その結果、こうした活動に参加しようとする有意の若者が減り、日本がますます内向きの国になっていってしまうことを危惧します。(高橋清貴) 

参考文献

谷山博史編著『「積極的平和主義」は、紛争地になにをもたらすか?!』(2015、合同出版)

非戦ネット http://ngo-nowar.net/