世界にはいまだ1万5,000発以上の核兵器が存在します。その9割以上はアメリカとロシアのものです。冷戦期、1980年代のピーク時には世界に6万発以上の核兵器がありました。冷戦後、その総数は確かに減りましたが、核の脅威は続いています。核を持とうとする国はむしろ増えています。1998年にインド、パキスタンが、2006年に北朝鮮が核実験をし、核不拡散条約(NPT)の外の「事実上の核保有国」となりました。イスラエルも核兵器を保有しており、これに対抗してイランなど中東諸国が核軍備に走るのではないかという憶測が絶えません。
NPTの下で核5大国(米ロ英仏中)は核軍縮義務を負っていますが、その歩みは遅々としています。オバマ米大統領は2009年にプラハで「核兵器のない世界をめざす」と演説しノーベル平和賞を受賞しました。その後ロシアとの間で新たな核削減条約を結んだものの、それ以上に大胆な政策は打ち出せないでいます。
こうした中、核兵器がもたらす非人道的な被害に着目し、核兵器を国際人道法で禁止しようという動きが生まれています。2010年以来、赤十字やスイス、ノルウェー、メキシコ、オーストリアなどの国々が、核兵器の非人道性に関する共同声明の発表や、核兵器の人道上の影響に関する国際会議を行っています。こうした動きへの参加国は150カ国を超えており、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)など世界中のNGOが支援しています。
2015年5月に開かれたNPT再検討会議は、中東問題をめぐる対立から最終合意に至りませんでした。それでもこのとき、核兵器の禁止に向けて行動するという「誓約」文書に100カ国以上が賛同を表明しました。賛同国は増えており、10月現在119カ国に達しています。対人地雷やクラスター弾の禁止がそうであったように、核兵器の非人道性の議論が発展して禁止条約交渉へと至る可能性は十分にあります。
核兵器の使用や威嚇はすでに、1996年の国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見によって「一般的に国際法違反」とされています。核兵器禁止条約はこの規範をさらに強化し、「核兵器のない世界」を実現のための入口となります。
日本は被爆国であるにもかかわらず、この「誓約」に賛同を表明していません。アメリカの核抑止力に依存する以上、核兵器の法的禁止には賛成できないという立場なのです(論点70参照)。北大西洋条約機構(NATO)諸国や、韓国、オーストラリアも同じ立場にあり、これらの国が核兵器禁止に「待った」をかけています。
安保法制推進の根拠に「日本を取り巻く安全保障環境が厳しくなった」ことが挙げられています。しかし今日、核兵器の世界的禁止が実現すれば、それは日本にとっても安全保障環境を大きく改善するはずです。日本がどういう安全保障を構想していくのかが今、問われています。(川崎 哲)
参考文献
川崎哲『核兵器を禁止する』岩波ブックレット、2014年
黒澤満『核兵器のない世界へ 理想への現実的アプローチ』東信堂、2014年
秋山信将編『NPT 核のグローバル・ガバナンス』岩波書店、2015年
長崎大学核兵器廃絶研究センターのウェブサイト http://www.recna.nagasaki-u.ac.jp/recna/