100の論点:70. 現在も続く核抑止政策のもとで、犠牲になってきたのは誰なのでしょうか。

 安全保障関連法案(以下、安保法案)と核兵器の深い関わりをまず押さえたうえで、核抑止政策が生み出す犠牲について述べます。

 安保法案は、2015年4月に日米安全保障協議委員会で発表された「日米防衛協力のための指針」(日米新ガイドライン)を実効化するための法整備です。日米新ガイドラインでは、「日本は、『国家安全保障戦略』及び『防衛計画の大綱』に基づき防衛力を保持する。米国は、引き続き、その核戦力を含むあらゆる種類の能力を通じ、日本に対して拡大抑止を提供する」などと、「防衛協力と指針の目的」を定めています。また「国家安全保障戦略」(2013 年12月閣議決定)では、「核抑止力を中心とする米国の拡大抑止が不可欠であり、その信頼性の維持・強化のために米国と緊密に連携していく」ことが、「我が国を守り抜く総合的な防衛体制の構築」のために不可欠であることがうたわれています。

 すなわち、アメリカの核兵器に依存して、その抑止力でもって日本国家の安全保障を高めていこうとするとする発想の上に、安保法案はあるのです。「抑止力」には核兵器が含まれおり、「日米同盟の抑止力を向上させる」とは、アメリカの核兵器への依存を日本がより深めていくことを意味します。安保法案は、核兵器がもつ非人道性に背を向け、核兵器廃絶の方向性との矛盾をますます深めるものだと言えます。

 1945年8月、アメリカが広島・長崎両市に原子爆弾を投下して以降、確かに戦争で核兵器が使用されることは幸いにしてありませんでした。しかし核兵器の実戦使用に至らなくとも、「核抑止力」あるいは「核の平和利用」のかけ声のもと、核兵器や原子力の開発自体は推進されてきました。そして、植民地主義と密接に関わりあい、世界の「周縁部」にとりわけ先住民族の地に放射線被曝の問題は重く押しつけられ、放射線被曝者が世界各地で生み出されてきました。核被害を取り巻く差別構造は「ニュークリア・レイシズム」とも呼ばれます。

 核開発にともない放射線被曝が地球規模で広がりを見せていることは、学術研究に先立ち、先駆的なジャーナリスト や原水爆禁止運動の場で告発され、「ヒバクシャ」との新たな言葉が登場しました。一例を挙げれば、広島市に本社を置く中国新聞社は、被害の全容を地球規模で捉えなおす作業が必要と考え、特別取材班を編成し、「際限のない核実験、核兵器製造、ウラン採掘、原子力発電所事故などによる被害が続発し、『ヒバクシャ』は増え続けた」現実を、被爆地広島から鋭く問いかけました。

 核被害は、日本というナショナルな枠内で捉えきれる問題では決してありません。核抑止政策のもとで犠牲になった人は、地球規模に拡がるのです。核保有国家や疑惑がもたれている国家の首脳の動向にのみ目を奪われ「エリートによる平和」を追求するのではなく、広島・長崎の原爆被害と共に核被害を抱える世界の人びとの存在に想像力の射程を拡げ、核被害を背負う人びとの「民衆の平和」を追求するべく、日本平和学会には分科会「グローバルヒバクシャ」が2004年に設けられました。

 日本政府が依存を深めるアメリカの核兵器で犠牲になった人は、広島・長崎の原爆被害者はもちろんですが、かれらだけではありません。広島・長崎の原爆投下の1年にも満たない1946年から58年まで、中部太平洋のマーシャル諸島では67回におよぶ米核実験が実施されました。自分の土地から切り離され「核の難民」となっている人たちをはじめ、終わりなき核被害を生きる人が、マーシャル諸島には今なおいます。さらに、核開発に伴う「国家の犠牲区域」は米本土にも設けられました。ハンフォード、ニューメキシコ、ネバダなどで、アメリカの核抑止政策のもとで犠牲になった人たちがいます。

 「抑止力」の一言で思考を停止するのではなく、その先に想像力を膨らませることが大切です。核抑止をめぐる安全保障の議論は、戦争を防ぐのか否かのみならず、どこで、どうやってその抑止力を築くのか、その過程に目を向けることが大切なのです。核兵器に依存して「安全保障」を高めようとするならば、安全が逆に奪われる集団/地域/人びとが生み出される、<「安全保障」の逆説>という現実が生じることを、核開発の犠牲の地はわたしたちに教えてくれます。そして「安全保障」に備えることは、みんなの暮らしの安全を守ることでは決してないという<「安全保障」の幻想>が、それらの地から明白に浮かび上がってきます。2015年11月21日から23日にかけて広島では「世界核被害者フォーラム」が予定されています。(竹峰誠一郎)

 

参考文献

竹峰誠一郎[2013]『マーシャル諸島 終わりなき核被害を生きる』新泉社

中国新聞「ヒバクシャ」取材班編[1991]『世界のヒバクシャ』講談社

豊﨑博光[1995]『アトミック・エイジ――地球被曝はじまりの半世紀』築地書館

春名幹男[1985]『ヒバクシャ・イン・USA』岩波新書

ピースデポ『核兵器・核実験モニター』第476-7号、2015年8月

世界核被害者フォーラムのサイト http://www.fwrs.info/