100の論点:75. 政府による言論統制と戦争遂行の経験から何を学ぶべきでしょうか。

 戦前の日本が無謀な戦争に突入した原因の一つが、政府による報道規制・言論統制でした。これは太平洋戦争中に戦況に関する虚偽の情報・発表を繰り返した「大本営発表」につながります。その結果、多くの国民は政府に不都合な真実の情報から遠ざけられ思考停止状態に陥り、国策として遂行される戦争に自発的に参加・協力することになりました。

 2001年3月11日の東日本大震災と福島第一原発事故以降の日本においても同じような状況が生まれています。原発事故の真の原因や被曝・汚染の深刻な実態が政府や電力会社によって隠蔽され、多くの国民はいま現在何が起きているのかを正確に判断・認識するための情報を得ることがきわめて困難な状況に置かれています。

 安全保障問題でも中国脅威論や北朝鮮脅威論を利用するかたちで国民の不安を一方的に煽って「戦争に強い国家」を求める方向への情報操作・世論誘導が巧妙になされています。特に注目すべきなのは、「ダブルスピーク」、すなわち国民の思考を管理するための言葉の意味の収奪が行われていることです。安倍首相の唱える「積極的平和主義」や「平和のための戦争」、「人道のための空爆」といった用語・言葉使いがその典型です 。まさにいまの日本と世界は、ジョージ・オーウェルが『1984年』で描いたような狂気の倒錯した世界になりつつあります。

 安全保障関連法案という名を付けた「戦争法案」がいまの国会で審議中ですが、そこでは政府側の嘘とごまかしの答弁が際立っています。また、NHKをはじめとする大手メディアは政府に都合の悪い情報・事実を国民から隠すという、本来の権力監視を放棄して逆に権力に奉仕する国家の広報機関に事実上なっています。

 安倍首相らが口にする「この道しかない」は戦前日本が経験した「いつか来た道」であり、再び日本を破滅の淵に追いやる「戦争に強い国家」であることは明らかです。

「新しい戦前」の到来が囁かれている今日、多くの市民が思考停止状態から解放され真の主権者としての意思表示を行うことが本当に求められています。その意味で、情報を批判的かつ主体的に読み解く能力を市民一人一人が身に着けるとともに、権力を監視・批判できる市民による独立した対抗メディアを早急に構築する必要があります。(木村 朗)

 

参考文献

ジョージ・オーウェル (著), 高橋和久 (翻訳)『 一九八四年』[新訳版] (ハヤカワepi文庫) 文庫、2009年。

ノーム チョムスキー (著), 鈴木 主税 (翻訳)『メディア・コントロール―正義なき民主主義と国際社会』 (集英社新書)、2003年。 

堤未果『政府は必ず嘘をつく アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること』(角川SSC新書)、2012年。