100の論点:78. 日本がアジア太平洋戦争の加害責任を果たすことが日本の安全を高めるのではないでしょうか。

 この間、日本にとって安全保障上の脅威になる国として、北朝鮮と中国が意識されているようです。また韓国への反感も強まっています。しかし歴史を振り返ると、中国も北朝鮮・韓国も日本の侵略戦争と植民地支配の被害を受けた国々です。

 ヨーロッパの例を見ると、冷戦時代に西ドイツと対立していた東欧やロシアはナチスドイツの被害が最もひどかった地域です。西ドイツはそれらの国々とは国交もなく、加害への謝罪・償いもおこなっていませんでした。しかし1970年代に西ドイツは加害に対する誠実な謝罪をおこなうことを通じて、軍事的緊張を緩め、和解と対話を促進し、そのことが冷戦構造の解体につながる重要な要因となりました。加害責任を果たすことを通じて、軍事力に頼らない安全保障を実現したのです。

 日本の場合、国交回復を優先する中国共産党の政治的配慮もあって中国への賠償をおこないませんでした。日本政府は、侵略の事実をある程度は認めてきたのですが、近年は安倍晋三政権の下でそれを否定する動きが強まっています。1000万人あるいは2000万人ともいわれる中国人の犠牲を生み出した侵略戦争の事実を認めない日本政府と日本社会の状況は、日本に対する不信を中国人の間に広めています。

 北朝鮮について見ると、日本は事実上、朝鮮戦争に参加しましたが、いまだに休戦のままで、日本は休戦協定にも調印していません。つまり事実上の戦争状態が続いており、国交もありません。侵略戦争の事実に対するのと同じように、この間の日本では植民地支配を正当化しようとする議論が強まっています。

 過去の過ちの事実を否定する、あるいは謝罪や償いをしないということは、同じようなことをまたやりかねないという不信感を引き起こします。安保法制が成立すれば、海外での軍事力行使が一層加速されます。こうしたことに対して、侵略戦争と植民地支配による被害国の対日不信が強まり、日本の動きに対して軍事力で対抗しようという動きが強まり、その結果、日本の安全保障をめぐる環境は一層悪くなります。

 日本が謝罪と被害者への償いをおこない加害責任をきちんと果たすことは、中国や北朝鮮・韓国との理解と信頼を生み出し、対話を可能にします。また二度と侵略をしないという日本国家の平和への強い意思を示すことになり、東アジアの緊張を和らげることになります。西ドイツの例はそのことを明確に示しています。(林 博史)

 

林博史「サンフランシスコ講和条約と日本の戦後処理」『岩波講座 日本歴史 19巻(近現代5)』岩波書店、2015年

“Fight For Justice日本軍「慰安婦」-忘却への抵抗・未来の責任”http://fightforjustice.info/