北欧諸国は人口30万人強のアイスランドを除いて、4か国すべてに軍隊があり、徴兵制を敷き、NATOやEUの加盟国もあります。その点ではパワーポリティックスの論理に従って世界に適応しているように思われます。しかしそれでもなお、北欧の安全保障はいくつかの点で特別であるのです。
第一に、1815年以降、北欧では域内諸国間の戦争や領土をめぐる戦いはありませんでした。現在も国際政治の制度上NATO加盟国と非加盟国、EU加盟国と非加盟国という形で、異なった立場にいるにも拘わらず、社会的、文化的な協力関係を維持しており、それは未だに対立関係にある北東アジアのわたしたちとは大きく異なります。歴史的にはむしろ対立や支配・被支配の関係を繰り返してきた北欧諸国が、域外諸国の介入の口実になる域内対立を回避し、友好関係を築いてきた点に、安全保障における地域協力の可能性を見ることができます。例えば、1952年に設置された北欧会議(北欧理事会)は社会、文化的な地域協力を通して、冷戦期に北欧の分裂を防ぐ役割を果たし、1974年に設置されHELCOM(バルト海海洋環境保護委員会)はバルト海の環境浄化を通して地域の安定にコミットしてきました。
第二に、軍事的安全保障面でも外国軍基地を域内に持たず、核兵器の製造、持ち込みを許さないという点で5か国は一致した政策をとっています。その結果、域外の軍事力を地域から排し、地域の安定を保って、隣接する域外大国に安心を供与し、緊張緩和地帯を形成してきました。ヨーロッパ安全保障協力機構(OSCE)が掲げる信頼安全保障醸成措置(CSBM)は相手国に脅威を与えず、安心を供与することで信頼構築を行うための具体的な方策ですが、仮想敵国に対して軍事的保障を与え、結果として自国への相手国の信頼を得てそれが自国の軍事保障となるという発想は北欧、特にノルウェーが隣国ソ連・ロシアに対して行ってきた「再保障政策reassurance policy」を基盤としているといわれます。
第三に、北欧地域の国際的な平和政策が挙げられます。北欧では冷戦期から5か国が協調して、国連など国際機関への積極的貢献や途上国への開発援助を行い、平和、人権、途上国援助に対する活動を行ってきました。こうした非軍事分野での国際協力は、北欧の小国としての小回りの良さを生かして、政府のみならず、NGOや個人、そして国際機関のネットワークを通じて行われています。冷戦期1975年にヘルシンキでヨーロッパ安全保障協力会議を開催し、ヨーロッパ諸国の対話、国境の画定に尽力したフィンランド、1993年にPLOとイスラエル間のオスロ合意を導いたノルウェーなど、北欧諸国の仲介外交や平和外交は国際的な安定と諸外国の和平の構築を目指してきました。この背景には、国際的な平和の構築が結局のところ自国の安定に寄与し、また平和への貢献が自国の国際的プレゼンスを高めるという発想が存在します。安倍政権の安保法制の基盤的議論となった「積極的平和主義」がノルウェーの平和研究者ヨハン・ガルテゥングの「積極的平和」とは全く異なる概念であると批判されましたが、北欧各国が掲げる平和政策、積極的外交政策もまた、武力ではなく仲介や交渉で平和を構築するという点で、「積極的平和主義」とは逆の発想であるといえます。(大島美穂)
参考文献
・百瀬宏、熊野 聰、村井誠人編『北欧史(世界各国史)』山川出版社、1998年。
・津田由美子、吉武信彦編『北欧・南欧・ベネルクス (世界政治叢書)』ミネルヴァ書房、2011年。
・大島美穂、岡本健志編『ノルウェーを知るための60章(エリア・スタディーズ132)』明石書店、2014年。