100の論点:82.平和をつくる主体、住民の安全を守る主体としての自治体の役割・可能性について教えてください。

 戦前、自治体は、国家の政策を「臣民」(「国民」は天皇の家臣との位置づけでした)に伝達する役割しか与えられておらず、県知事なども、内務省から派遣されてきました。このような中央集権体制ではよくない、とのことから、現行憲法では、新たに「地方自治」の章を設け、「住民自治」(自分たちの地域のことは自分たちで決める)と「団体自治」(地方行政について、不当に国家権力からの制約を受けない)の2つの内容をもつ、「地方自治の本旨」の文言が、憲法92条に明記されました。

 しかし、外交や安全保障の問題は、国家の専管事項でもあるのです。憲法第72条ならびに第73条には、内閣総理大臣の職務の1つとして、外交の問題を挙げるとともに、自衛隊法第7条において、自衛隊の最高指揮監督権は、内閣総理大臣が有することを明記しています。

 これまでの経緯をみると、日米安全保障条約において、米軍に施設及び区域を提供することが決められており、日本における米軍基地のうち、沖縄県の米軍基地は、戦後、米軍によって接収されてできた土地にある区域は、ほとんどが私有地です。このため、米軍に土地を提供するための契約が必要であり、地主が契約に署名しない場合に、自治体の首長が代理で署名することが決められていました。(機関委任事務)。

 このため、1995年9月に発生した少女暴行事件を受けて、翌10月に、約8万5千人もの人が、宜野湾市海浜公園に集まり、日米地位協定の見直しと米軍の整理縮小を求める県民大会が開かれました。この沖縄県民の米軍に対する「怒り」に呼応して、当時の大田昌秀・沖縄県知事は、代理署名を拒否しました。この代理署名は、当時、機関委任事務とされており、政府が自治体の首長(機関)に委任したという位置づけでした。このため、職務を執行しない県知事に対して、国(政府)は、職務執行命令訴訟を起こしたのです。結果としては、県側が敗訴したのですが、自治体にも、安全保障の問題に関与することが示されたとして、世論に大きな影響を与えました。(実際には、国側と妥協して、大田知事は、最終的に代理署名を受諾しました。また、機関委任事務としての代理署名は、2000年の地方自治法の改正によって、国の直接事務になりました。)

 現在、名護市辺野古に新基地建設が進められようとしているが、公有水面埋立法による許認可は県知事がもち、名護市長にも、作業ヤード設置のための漁港使用許可などの権限を認められています。このことから、安全保障の問題にも、住民の「民意」を、自治体を通じて反映させることができます。

 現在、沖縄では、「普天間の軽減」の名の下に、辺野古への基地建設を推しすすめるべきだとする、保守的政治家が、普天間飛行場のある宜野湾市長をはじめ、勢力を握っているのが実状です。しかし、地域住民の民意を一番恐れているのも、自治体であり、政府(国)です。「地方自治は民主主義の学校」と、イギリスの政治思想家・ブライスは語りました。住民参加により、自治体の政策に影響を与えるのも、私たち1人ひとりです。自治体は、「国家主権」を有さないが、国家に対して、議会で決議した意見書を政府に提出したり、他国の政治的要人たちと面会することによって、他国の議会に圧力をかけたりすることができます。そのような可能性を信じて、自分たちの足下を見つめ直すことからはじめたいと思います。(池尾靖志)

 

参考文献

池尾靖志『自治体の平和力』岩波ブックレット、2012年。

池尾靖志「地域からの平和創造のために—自治体の平和政策の実態と可能性—」『月刊自治研』2015年8月号。