100の論点:9. 北朝鮮と日本との関係はどうなっているでしょうか。

 「朝鮮半島有事」が発生し、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の攻撃から邦人を載せた米輸送艦を防護するという設定は、2014年5月15日の記者会見で、安倍晋三首相が集団的自衛権発動の事例として挙げたものです。しかし、米艦による邦人救出はそもそも米国が認めていませんし、2015年8月26日の参議院安保法制特別委員会でも中谷元防衛相は米艦を助ける上で邦人の有無が集団的自衛権行使の条件でないことを明言しています。このように、米軍に対する北朝鮮の攻撃が集団的自衛権を行使すべき「存立危機事態」となる事例について、政府は未だに示すことができていません。

 日本では「北朝鮮の脅威」がことあるごとに報道されています。たしかに、北朝鮮は弾道ミサイルや核兵器の開発を継続的に進めています。ただ、日米韓三国、さらに中国が連携しつつ、北朝鮮の動きを警戒したり、「朝鮮有事」を想定した韓米軍事演習が行われたりしていることが、北朝鮮に国防力強化を仕向けているとみることもできます。

 日朝関係もこのような負の連鎖に組み込まれてしまっています。日本政府は現在も対朝独自制裁を継続していますが、北朝鮮から日本に対して制裁を行ったことは一度もありません。北朝鮮には現在も日中全面戦争・アジア太平洋戦争時の被害者である元日本軍「慰安婦」や原爆被害者や軍人・軍属、「労務者」として強制動員された人々が、日本から何の補償も受けることなく暮らしています。日本では「北朝鮮の脅威」が煽られる度に、このような人たちの問題がいっそう見えにくくなっています。

 私たちは「北朝鮮の脅威」に怯え、「日本人拉致問題」に怒るしかないのでしょうか。日本ばかりでなく、北朝鮮から見える日本や世界について理解しようとすれば、きっと違った風景が見えることでしょう。隣国の脅威をむやみに煽ることなく、信頼関係を築くための地道な努力を積み重ねることこそ、日本の安全を確保することになるでしょう。(吉澤文寿)

 

参考文献

和田春樹『北朝鮮現代史』岩波書店、2012年

平岩俊司『北朝鮮―変貌を続ける独裁国家』中央公論新社、2013年

宮本悟『北朝鮮ではなぜ軍事クーデターが起きないのか?』潮書房光人社、2013年

小倉紀蔵『北朝鮮とは何か 思想的考察』藤原書店、2015年