⑬非暴力

「非暴力」 

 

責任者:藤田明史

E-Mail: aft21620(a)pl.ritsumei.ac.jp

 

 21世紀初頭において世界の未来は不透明である。既存の秩序は急速に崩壊しつつある。しかし、それに代わる新しい秩序は未だ明確な姿を見せない。しかも、人間の存続に関わる諸問題が噴出している。とりわけ「戦争と平和」は焦眉の課題であろう。現代において、われわれが平和の創造に失敗すれば、その先には、世界核戦争という底なしの奈落があるかもしれないからだ。

 

 こうした状況に対処するための有力な概念の一つが「非暴力」(nonviolence)であろう。非暴力は一つの状態を示すから、より実践的にそれを「非暴力抵抗」(nonviolent resistance)と表現しても良い。しかしここでは、そうした実践的な要素をも含む概念として「非暴力」を用いる。本分科会はこうした非暴力概念の一層の深化・発展を目的とする。具体的な課題をいくつか示そう。

 

・非暴力を個人の内面的な倫理規範だけにとどめず、それを大衆的な政治の場に適用したのはガンジーをもって嚆矢とする。彼はそれを「サティアーグラハ」(真理把持)と名付けた。ガンジーのサティアーグラハとは何かの解明は、依然として現代のわれわれにも重要であろう。

・ガンジー以後、非暴力の概念は理論的・実践的にどのように展開されたか。これには、阿波根昌鴻、ハンナ・アーレント、マザー・テレサ、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア、ジーン・シャープ、マーシャル・ローゼンバーグ等といった人たちの非暴力に関わる思想が取り上げられるであろう。

・ヨハン・ガルトゥングは、暴力概念の拡張を行った(直接的→構造的→文化的)。暴力概念の拡張は非暴力概念の拡張に繋がる。そこから、どのような新しい非暴力の形が生まれるか。現代において暴力はそうとは見えない姿でしばしば現れるから、この点の探求は興味ある課題となろう。

・非暴力の運動は世界各地でどのような形で行われているか。理論と実践の関係の解明という観点からも、これらの事例研究は重要な課題となろう。また、これと関連して、非暴力トレーニングを実際に行うことも、本分科会の活動の視野に入れたい。                       

・日本社会には、非暴力の思想は十分に根付いていないのではないか。非暴力はたんに言葉の上だけにとどまり、日本人の経験に深く根差していないようだ。しかし、明治以後の歴史にも、非暴力の萌芽はあったに相違ない。近代日本におけるそうした非暴力に繋がる思想の発掘も、本分科会の課題としたい。

 

 

以上の他にも重要な課題があるに違いない。多くの会員が「非暴力分科会」の活動に関心をもち、積極的に参加してくださることを期待したい。

 

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2019年秋季研究集会 11月2日(土)12:10-14:00 新潟県立大学

テーマ:現代における「非暴力」概念の意義を考える

 

報告:寺島俊穂(関西大学)

「ジーン・シャープの非暴力思想

司会:藤田明史(立命館大学)

 

「非暴力」分科会責任者という立場から、私は、以前よりも非暴力の現代的意義について突き詰めて考えるようになった。そして今では、現代において「非暴力抵抗」の概念が、「新しい社会」への扉を開く有効な鍵(の一つ)であると確信している。なぜなら、そうして形成される新しい社会においても、その維持・発展のために「非暴力」の概念は有効であり続けるに相違ないからだ。

今回、寺島俊穂会員の「ジーン・シャープの非暴力思想」と題する報告は、本分科会のさらなる活性化のために時宜に適ったことであった。ジーン・シャープ(1928-2018)は戦略的非暴力の理論家であり、「生涯をかけて非暴力手段の有効性を高めようとして実証研究を積み重ねた」研究者である。彼の著作『独裁から民主主義へ』(2011)は、副題として「解放のための概念的枠組み」とあるように、今後の世界において(もちろん日本においても)人々の解放(liberation)のための重要な指針となるであろう。

報告の要旨は次のようであった。

・非暴力は、原理的非暴力(principled nonviolence)と戦略的非暴力(strategic nonviolence)とに概念区分できる。シャープは朝鮮戦争の時、兵役拒否で投獄された経験があり、平和主義的信念をもっていたが、方法的には非暴力抵抗を平和主義から切り離し、戦略的非暴力の立場に立った。

・シャープは非暴力理論において権力概念を重視する。権力は民衆の支持や協力がなければ成り立たない。ゆえに権力を支える基盤を詳細に分析することで、逆に非暴力が有効に機能する状況が明らかになる。ここから、「本当の権力は、団結した人びとの力から生まれる」との認識が生まれる。この意味での権力は「非暴力の道徳的な勇気」に依拠し、それは非暴力革命の原動力である「民衆の力」(people power)の基盤となる。

・シャープの戦略的非暴力は、1.目標を立てる、2.目標実現のための戦略や戦術を考える、3.目標達成の過程で現実をつくり変えるとともに自分自身も相手も変えていく、という諸段階を経る。1については、戦争の廃絶および独裁体制の崩壊を最重要な課題とする。2については、非暴力行動の 198 のメソッドをあげる。3については、非暴力闘争が相手を敵視しない闘争方法であることを示す。

・シャープの戦略的非暴力論は「暴力から非暴力への方向転換」の思想であり、これまで当然視されてきた見方を根底的に転換するという意図が込められている。すなわち、次の諸転換である。民族解放闘争→非暴力非服従運動暴力革命→非暴力革命軍事的防衛→市民的防衛

・これまで世界各地でこうした戦略的非暴力の行動の一定の成功例が認められる。

・しかし日本においては、生活の場から国家レベルの政策に至るまで、非暴力手段で現実を変革するというシャープの戦略的非暴力の思想が、十分に根付いているとは到底いうことはできない。

参加者からの質問は次のようであった。

ガンディーにとっては戦略的非暴力とともにあるいはそれ以上に原理的非暴力が重要である。このような立場からは、権力を倒した後にどのような社会をつくるのか、が重要な課題となる。シャープはこの問題についてどのように考えていたのか? これに対し報告者からは、この問題を考えることにシャープ自身はきわめて禁欲的であったとの回答があった。

戦略的非暴力行動として具体的な闘争方法を明示することは、権力によってそれが逆に利用される危険があるのではないか? それにどう対処していくのか?

たとえばフィリピンの政治状況を考えると、民衆が非暴力で対抗権力を形成しても、その内部において意見の相違に起因する暴力が発生しがちである。また政権による人権制限の程度は、それへの対抗として暴力的手段に訴える他ないと思わせるような現実がある。こうした状況で、非暴力的手段による社会変革は原理的に困難ではないか?

日本において非暴力の思想が根付かないのはなぜか? これに対し他の参加者から、伝統的に異端の徒が稀少な日本社会では、不服従のための道徳的な勇気が不足しているとの指摘があった。

いずれもが重要な問題であり、今後も継続的に検討していきたい。参加者は約 15 名であった。

(藤田 明史)

 

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2019年春季研究大会 6月23日(日)12:30-14:00 福島大学

テーマ:ガンディー思想は現代のわれわれに何を問いかけているか?

 

報告:藤田明史(立命館大学)

「ガンディー思想の現代的意義について

――竹中千春『ガンディー』(岩波書店、2018)に触発されたこと」

討論:竹中千春(立教大学)

司会:中原澪佳(新潟大学)

 

まず、ガンディーの頭像(福井市美術館所蔵、1960)がスクリーンに映し出された。彫刻家高田博厚(1900-1987)の作品。1931年11月、パリ近郊に滞在中、師のロマン・ロランに呼ばれ、ロンドン円卓会議からの帰途スイスのジュネーブに立ち寄ったガンディーと、レマン湖畔のヴィルヌーヴに居住のロランとの間で行われた対話に高田は同席したのだった。彫刻はその30年後に作られた。報告者は、複雑さと単純さとを併せもつガンディーの精神が良く表現されていると評した。

ガンディー(1869-1948)は深層の思惟と何よりも行動の人であったから、彼の思想を多少とも知るためには、その行動からわれわれが主体的にそれを読み取らねばならない。こうした問題意識から報告者は、1998年5月のインド核実験の際の「印パ速報」(ピースデポ主宰)の発行、2004年1月にインドのムンバイ(旧ボンベイ)で開かれた「世界社会フォーラム」への参加等における自身の「ガンディー体験」を述べることから始めた。そして結論として、ガンディーを対話的人間と捉え、その根拠をガンディーが多言語話者(polyglot)でありかつ多宗教信者(poly-religious)であったことに求め、ここにガンディー思想の現代的意義があるとした。一方、竹中千春『ガンディー』は、以上とは全く異なる方法に依拠している(と報告者には思われた)。冒頭の「誰が平和を作るのか。その人はどこから来るのか」とは平易な問いである。しかし、こうした平易な問いに答えることの困難性の中にこそ、本書の独創があるのではないか。その方法も一見平易である。一人物の呼称の変化の中に彼の存在の意味を探究するというものだ。すなわち、モーハンダース⇒ガンディー⇒マハートマ・ガンディー(彼の青少年時代、南アフリカ時代、インド時代にほぼ対応する)。とりわけ、マハートマ・ガンディーをどう捉えるか? マハートマ(偉大なる魂)とは、インド民衆がガンディーに与えた呼称である(この呼称は彼自身には苦痛であった)。ゆえに、この問いに答えるには民衆の側からの視点が必要となる。著者はここでサバルタン・スタディーズの方法を意識的に使っているようだ。ガンディー思想の解明に、それ自体がガンディー的な民衆史の方法を適用したところにも著者の独自性が認められよう。

討論者の竹中会員はまず、次の2点を指摘した。第一は、「インド大反乱」(1857-1859)後にガンディーが生まれたこと、第二は、大英帝国による植民地支配下のインドにおけるエリートでガンディーはあったこと。これらはガンディーの活動をインド亜大陸の歴史において見るうえで重要な視点を与える。次にガンディーの頭像の映像に呼応して、ガンディーの少年時代および青年時代の写真がスクリーンに映し出された。そして、少年時代のモーハンダースからは後年のマハートマ・ガンディーを想像することさえできないこと、青年時代の颯爽としたガンディーはさぞかしプレイボーイであったに相違ないことなどが、ユーモアを込めて語られた(そういえばガンディー自身、実はユーモアがたっぷりある人だったのではないだろうか――報告者の感想)。ここから、「『変身』していくガンディー」というきわめてユニークなガンディー像が提示された。それぞれの「変身」において彼はその可能性をとことんまで追求する。ガンディーの「多面性」「両面価値性」はここから生まれる。最後に、サバルタン・スタディーズについて、それは1970年代後半から、カースト・宗教・民族などのアイデンティティを主張する「民衆」が政治の主体として登場してきたことを背景に展開された、疎外されてきた「サバルタン」が主体となった「インド人がインドの歴史を書く」という歴史記述の方法である、といった内容説明があった。

参加者からの質問のうち、次の2つを記しておこう。

・ガンディーの「変身」をつらぬく一貫したものがあるとすれば、それは何か?

・『ガンディー』では、「殉死の思想」について「いかに美しく語られようと、殉死もまた暴力的な死ではないか」と否定的に捉えられている。一方、ガンディーのサティアーグラハ(真理把持)にも、「自らが苦痛を被らなければならない」という、突き詰めれば「殉死」に繋がる要素が含まれている。このことをどう考えるか?

いずれもわれわれ一人一人に向けられた重要な問いであろう。なお、30名以上の参加者があり、盛況な分科会となったことを最後に記しておきたい。  (藤田明史)

 

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2018年秋季研究集会 10月28日(日)12:10-14:10 龍谷大学深草キャンパス

合同開催 「非暴力」分科会、「平和教育」分科会

テーマ:「世界の非暴力運動の展開と平和教育のあり方」

 

報告 1:山根和代(立命館大学)

「アメリカの非暴力的抵抗の歴史と非暴力主義の教育について」

報告 2:寺田佳孝(東京経済大学)

「ドイツの平和研究と平和教育学の展開」

報告 3:高部優子(横浜国立大学博士課程後期)

「平和教育プロジェクト委員会の成果と理論化に向けて」

司会:藤田明史(立命館大学)、杉田明宏(大東文化大学)

 

今回は「非暴力」分科会と「平和教育」分科会との合同分科会を開催した。分科会責任者連絡会議で合同分科会が推奨されていたこともあるが、報告内容から見て合同分科会が適切だと判断したからである。三つの報告が行われた。それぞれ報告者の問題意識に基づくきわめて興味深い内容であった。しかし、時間の制約もあり、「世界の非暴力運動の展開と平和教育のあり方」というテーマに照らして見て、全体として何が問題なのかがもう一つ把握し切れないもどかしさが残ったように感じる。

山根報告「アメリカの非暴力的抵抗の歴史と非暴力主義の教育について」では、まず、アメリカで出版された For the People: A Documentary History of the Struggle for Peace and Justice in the United States (2009) の内容の詳しい紹介が行われた。本書はアメリカの植民地時代からイラク戦争までの歴史における平和と人権を求める努力と闘争を扱っている。今まで学校で教えられなかった事例も取り上げられている。平和教育・人権教育の面にも配慮され、討論のために各章には適切な質問が用意されている。日本では、沖縄の平和資料館「ヌチドウ宝の家」、立命館大学の国際平和ミュージアム、高知市の平和資料館「草の家」等の平和のための博物館で、非暴力主義の展示が行われているものの、全体として、日本において歴史的・体系的な展示が行われているとはいえない。その意味で、精神において “For the People” のような、日本の事例に即した非暴力運動を扱った書物が求められている、ということが本報告の趣旨であった。

寺田報告「ドイツの平和研究と平和教育学の展開」は、1970 年代にドイツで発展した平和研究と平和教育学のつながりを分析した上で、最近のドイツにおける両者の現状について言及した(現在のドイツ平和研究には 1970 年代のような勢いは見られないとのことだ)。参加者は日本の場合と比較しつつ、本報告を興味深く聴くことができた。とりわけ、ドイツの場合、「平和教育」の前に「政治教育」があるとの指摘は新鮮であった。ドイツの政治教育学者・ザンダーの定義によれば、「政治教育(Politische Bildung)とは、特定の社会の価値・態度・行動形式を身に着ける『政治的社会化』の過程である」(2005)という。きわめて周到に考えられた定義である。ドイツでは政治教育の一分野として平和教育があるのだ。一方、日本では「政治教育」という概念それ自体が希薄ではないだろうか。この点は、日本の今後の「平和教育」の内容・あり方を考えるとき、重要な論点の一つとなるように思う。

高部報告「平和教育プロジェクト委員会の成果と理論化に向けて」では、2014 年以来続けられてきた「平和教育プロジェクト委員会」の活動をこの時点で反省・総括し、今回の報告が、その成果を理論化するための第一歩と位置付けられた。これまでの委員会のテーマに含まれるキーワードは次のようだ。「ワークショップ」「平和な関係性」「ヒロシマをめぐる〈コンフリクト〉」「平和でゆんたく」「対話」「レイシズムにさよならする方法」「ロールプレイ」「平和のためのリテラシー」「やり⇔とり力」。こうした実践の上に、その成果を一般社会に発信していくのに、今後の活動の方向性を示してくれる「理論化」が必要となっているのだ。そのための鍵概念の一つとして「包括的平和教育」が提出された。おそらくさらにいくつかの鍵概念が案出され、それを基礎に豊かなそして深い「理論」が創出されることが期待できよう。

今回の分科会企画を通じて、一見内容的にかなりかけ離れていると思える「分科会」との合同分科会が、意外に面白い結果を生むのではないかということに気づいた。ただ、そのためには分科会間の事前の準備・調整が今まで以上に必要となろう。しかしやってみる価値はあるのではないだろうか。                              

(藤田明史)

 

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2018年春季研究大会 6月23日(土)12:00‐14:00 東京大学駒場キャンパス

テーマ:現代日本における非暴力運動の実際と可能性

 

報告1:田部知江子(東京弁護士会・日本反核法律家協会理事・原爆症認定集団訴訟弁護団・日本アンガーマネジメント協会シニアファシリテーター)

「平和構築におけるアンガーマネジメントの可能性」

報告 2:田村あずみ(滋賀大学国際センター特任講師・立命館大学客員協力研究員)

「文化的暴力への非暴力的抵抗:現代日本における『生の政治』の考察」

司 会:藤田明史(立命館大学)

 

「非暴力」分科会の活動は、数年の中断後、今回から再出発することになった。その基本方針を責任者(藤田)が「テーマ概要」にまとめている。最初に司会者として、その要点を次のように述べた。非暴力に関して、ガンディーの「サティアーグラハ」とは何かの解明は、現代の学問的課題として依然として重要であろう。日本平和学会には優れたガンディー研究家がおられる。ある段階において、われわれがこうした専門的知見に触れることは、きわめて有益かつ不可欠である。

一方、一般のわれわれもガンディーないし非暴力について、一定のイメージをもっている。ゆえに当面は、「非暴力」分科会を、できるだけ多くの方々が、各自のイメージを把持しつつも、専門分野に基づく独自の問題意識から、自由にテーマを設定・報告することのできる場にして行きたい。非暴力の概念の一層の深化・発展はそうした場においてこそ可能となるだろう、と。今回の二つの報告はこうした趣旨にまさに沿うものであったと考えている。なお、当日の参加者は約二十名、質疑応答も活発に行われた。

田部報告「平和構築におけるアンガーマネジメントの可能性」は、氏が弁護士の立場からこれまで主として訴訟を通じて関わってきた「アンガーマネジメント」の思想・スキルを、より広く「平和構築」の分野に生かしたいとの問題意識から行われた。「怒り」とは何か? 怒りとは人間の基本的な感情である。もしそうなら一体、「怒り」の何が問題となるのか? ワークショップの手法を活用しつつ、氏はアンガーマネジメントの要諦を、人が「『怒り』で後悔しないようにする」ことであると端的に指摘された。参加者の多くは、自分の体験とつき合わせ、身につまされる思いがしたに相違ない。「怒り」は、犯罪や暴力の一原因であり、また、原爆症認定集団訴訟などでは、被害者・原告が立ち上がる原動力でもある。個人において前者は「アンガーマネジメント」が失敗した場合、後者はそれが成功した場合と見なすことができよう。すなわち、「アンガーマネジメント」は、暴力を「非暴力」に変換する有効な一つの手法なのである。

田村報告「文化的暴力への非暴力的抵抗:現代日本における『生の政治』の考察」は、現代の日本社会、とりわけ3.11後の日本社会に顕著になった格差、そしてそれを正統化する自己責任論のような言説に対して、われわれはいかに対処できるか・すべきかという基本的な問いを発している。これへの自身の回答として、一方では「文化的暴力への非暴力的抵抗」、他方では「『生の政治』の創造」が提唱される。そして両者を等置することの中に、報告者の独創的な思想が表現されているようだ。そのプロセスを担う主体は、3.11後の反原発運動に見られる。なぜなら、そこでは「災害という亀裂に巻き込まれた個が、・・・事後的に抵抗を形成する可能性を示す」からである。すなわち、現代日本における社会変革の主体は、「自律的な個ではない、他者と絡まり合っているがゆえに脆弱で不安定な個」なのである。これは確かに新しい視点であろう。

参加者から、沖縄の現況を念頭に、圧倒的に巨大な権力の暴力に「非暴力」を対置することが果して本当に有効なのか、との問いが出された。これは最初の報告に対してのものだが、第二の報告にも妥当する。いや、本分科会が「非暴力」分科会である以上、分科会そのものに出された根源的な問いであろう。われわれはこの問いに必死に答えて行かなくてはならない。  

 (藤田明史)