⑳琉球・沖縄・島嶼国及び地域の平和

【連絡先】

 

松島泰勝・龍谷大学経済学部国際経済学科

612-8577

京都市伏見区深草塚本町67龍谷大学経済学部

(電話:075-645-8418、FAX:075-643-8510)matusima(a)econ.ryukoku.ac.jp

 

 具体的な地域の中で平和を考えることで、人々の痛みを共感し、顔が見え、構造的暴力下にある人々と連帯できるような研究が可能になると考える。現在、本学会においてアフリカや東南アジアの分科会は存在するが、琉球列島や太平洋諸島を中心とした島嶼国及び地域の平和を検討する分科会がないことも本分科会設立の大きな理由である。

 琉球・沖縄は太平洋戦争において地上戦が展開され、多くの住民が戦争に巻き込まれるとともに日本軍人による住民虐殺、集団死の強制等も発生した。日本政府によって集団死強制の事実が教科書から消されようとし、琉球・沖縄住民から大きな反発を受けたように、沖縄戦は過去の問題ではなく、現在の問題でもある。さらに沖縄県は日本国土面積全体の0.6%でしかないが、米軍専用基地の約75%が集中しており、住民は構造的暴力に日常的に晒されている。平和を考える上において重要な場所である琉球列島において、これまで何度か日本平和学会の全国大会も開催され、学会メンバーの琉球・沖縄に対する関心も高く、本分科会への多くの会員の参加も期待される。

 イバン・イリイチの「平和と開発を切り離す」という考えからみても、琉球列島は重要な研究対象であるといえる。1953年に北琉球(奄美諸島)、1972年に南琉球(沖縄諸島、宮古諸島、八重山諸島)が日本に「復帰」した後、日本政府が主導する振興開発事業が展開されてきた。同事業により琉球列島の自然が大きく破壊され、近代化が推し進められ、振興開発によって米軍基地が押しつけられ、国からの振興開発に大きく依存する状態に陥っている。奄美諸島では振興開発にもかかわらず、自然が大きく破壊され、人口減少傾向もみられる。

 1609年、島津藩が琉球国を侵略し、それ以降、奄美諸島を直轄領とし、琉球国に対し政治経済的な支配を及ぼした。また1879年、日本政府は軍事力を使い琉球国を崩壊させ、国王を東京に拉致した。それ以降、琉球・沖縄は日本の同化政策、差別の対象となり、地上戦が展開され、戦後は住民の土地が奪われた上で米軍基地が建設され、住民の人権や命が踏みにじられてきた。現在も過重な基地が押し付けられ、基地関連の事件事故が発生する中での生活を強いられている。2009年は島津侵略から400年、日本国による琉球併合から130年の年である。この節目の年にあたり、琉球・沖縄に対する植民地支配の意味を世界史の中で理解し、太平洋諸島における植民地支配と比較し、島嶼国及び地域の自治、自立、平和を実現するために本分科会の設立を考えた。

 琉球列島と関係が深い地域が太平洋諸島である。戦前、現在の北マリアナ諸島、パラオ、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島が日本の委任統治領になった際、琉球列島の多くの住民が移住し、ミクロネシアの人々との交流がみられた。太平洋戦争において、太平洋の島々でも地上戦が行われ、多くの住民が犠牲になった。現在、グアム、北マリアナ諸島、ハワイ、マーシャル諸島等には米軍の基地・訓練場・実験場等が存在し、琉球列島とともに米国の軍事戦略下におかれている。

 パラオ、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島が独立する際に米国と締結した自由連合協定に基づき、戦略的信託統治領時代から引き続き米国はこれらの島嶼国における軍事権を今でも保有している。琉球・沖縄からグアムに約8000人の海兵隊が移設する計画にともない、沖縄島辺野古における新基地建設計画、グアムにおける基地機能強化に対する反対運動も高まっている。米軍の戦略において琉球列島と太平洋諸島は一体化され、それにともない平和運動においても島嶼間の連携がみられる。

 さらに琉球列島と同じく、太平洋諸島においても開発によって島々のコモンズ、サブシステンスが破壊されているという問題もある。琉球列島と太平洋諸島は「島」として、政治経済的、歴史的、軍事的、生態的、文化的共通性を持っている。それぞれを個別に議論するのではなく、双方の関連性、相互間の影響、大国の統治・支配戦略等について検討することで、問題の構造や原因を明らかにし、平和創造のための方法を見い出し、島嶼間の平和運動ネットワークを形成することも可能になるだろう。

 2009年、自民党から民主党に政権が交換し、政府の琉球・沖縄政策に対しても大きな変更がみられるようになった。日米政府間で締結されたグアム協定の見直しに関する議論も高まっている。沖縄市の泡瀬干潟埋め立て事業に対して那覇地裁、福岡高裁はその経済的非合理性を指摘する判決をだし、前原沖縄担当大臣も事業の一時中断を表明した。2012年3月には第四次沖縄振興計画が終了する予定であり、これまでの振興開発と米軍基地とをリンケージする政府政策の見直しと、島嶼社会における内発的発展の具体的な展開が期待されている。

 太平洋諸島においても、琉球・沖縄と同じく平和、開発の問題を抱えている。琉球列島と太平洋諸島は米国の軍事戦略において一体化されており、平和研究においても両地域を比較検討することにより島嶼の軍事化計画を批判し、平和運動を推し進めることができよう。

 本分科会はこのような社会的な必要性を背景にして、研究会活動を活発に行い、多くの学会メンバーの参加を促すとともに、研究成果を対外的に発信することで、日本平和学会が社会的に有する責任を果たしたいと考えている。

・過去の分科会報告の記録:本分科会は2009年11月の理事会において設立が承認されたため、分科会報告はない。

・過去の分科会報告の内容紹介:同上の理由のため省略。

 

【研究目標】

 本分科会では、琉球・沖縄・島嶼国及び地域の平和を次のような多面的な視点から考察する予定であり、多くの会員、研究者、市民の参加を期待したい。

(A)近代主権国家、国民国家の形成とともに生じた民族的少数派に対する構造的な暴力という視点から、アイヌ民族、被差別部落、在日朝鮮人・韓国人等の先住民族やマイノリティとの比較を行う。

(B)中央統治権力中心の歴史観あるいは陸地中心の歴史観ではなく、周辺地域からの歴史観または海洋交流史中心の歴史像や社会像から、琉球・沖縄・島嶼国及び地域が抱える諸問題を明らかにする。

(C)島嶼地域に特有の環境上の脆弱性、島嶼地域特有の植民地的側面に着目しながら研究を進めていく。島嶼地域は面積が狭く、貴重な動植物が存在し、繊細で脆弱な自然環境を持つゆえに、開発行為によって島嶼環境が大きな影響を受けやすく、経済自立を実現する上での困難性も抱えている。島嶼の脆弱性と経済自立の困難性を原因として外部の国家や中央政府に対する政治的、軍事的従属が生まれ、それが島嶼国及び地域の自律をむしばむという悪循環が生じやすい。太平洋諸島では自治領または独立国にかかわらず、実質的に植民地的特徴が顕著な場合が少なくない。島嶼性を原因とする政治経済的従属の悪循環をどのように断ち切るのかという問題意識に立った研究を行う。

(D)島嶼の自律性の喪失状態を断ち切る方法として実施されている特別な統治形態に関する研究を進める。島嶼には、特別な法制度や内政権、一定の外交権が認められた一国二制度、特別行政区、自治区自治領、コモンウェルス、自由連合国を構成している場合が多くみられる。それらを相互に比較し、その特殊な政治及び経済の形態に関して平和学的に考察する。

(E)自治領や特殊な統治性をとる島嶼部が実質的に植民地化していく事例もあれば、自立と自律が達成されている島嶼国及び地域もあり、それを分けるものは何なのかを明らかにする。島嶼部が従属状態を脱して内発的発展を実現するための可能性についての実証研究を行う。その際、島嶼の内発的発展が広域の地域統合とどのように関係しながら進展しうるかについても検討する。

(F)島嶼における比較歴史研究を多様な観点から実施する。これまで多くの島嶼は交易や植民地の拠点、移住先になり、地上戦が展開され、基地が建設された場合が多かった。交易史、植民地史、移民史、軍事基地形成史、米軍統治史、アジア太平洋における戦後補償問題史、島嶼地上戦史等、島嶼間の歴史的共通性に基づきながら、住民の視点に立って島嶼の歴史を比較して、その相違点、類似点を明らかにし、現在、島嶼が抱えている問題群に対する解決の糸口を見出す。

(G)島嶼における画一的な開発による諸問題の原因について分析するとともに、これらの諸問題を解決するために実施されてきた島嶼における内発的発展に関する議論を行う。具体的には、ODAや国の振興開発事業が島嶼の社会経済に与えた影響、大規模リゾートを中心とした観光開発による環境破壊や経済支配等の問題、振興開発や大規模開発へのオールタナティブとして島嶼独自の文化・歴史・自然環境を踏まえた住民が主体的に参加する内発的発展の具体的事例、島嶼におけるコモンズ、サブシステンスの意義等に関して各島嶼の政治経済、法制度上の違いを踏まえながら比較検討する。

(H)国際人権法の観点から琉球・沖縄の人々、島嶼国及び地域の住民の人権問題について検討する。1996年以降、国連人権委員会先住民作業部会を初めとする各種の国連機関に琉球・沖縄の人々が参加して、様々な人権問題を国際社会に対して主張し、他の抑圧下にある人々との連帯を強化してきた。国際人権法、国連における市民活動等を活用した琉球・沖縄における平和創造の過程を、他の先住民族、マイノリティのケースと比較しながら考察する。

(I)地球温暖化を原因とする海面上昇の影響を受けている世界の島嶼国・地域が直面している問題と対応策に関して分析する。例えば、人口1万人足らずの太平洋島嶼国・ツバルでは、海面上昇により、海岸浸食、大潮時の洪水による床上浸水、海水の土壌への浸透による食用植物の枯死、輸入食料品への依存による病気の多発等、住民の生存にかかわる諸問題が発生している。かつてツバル国首相は全国民の他国への「環境難民」としての移住を世界に向けて訴えたことがある。海抜の低い島嶼国にとって海面上昇問題は地域の平和、住民の生存、社会経済構造にとって深刻な問題になりつつある。平和学の観点から海面上昇に直面する島嶼国及び地域の実態、これらの諸問題への対策や支援の可能性等について考察する。

 

【参考文献】

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松島泰勝『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年

松島泰勝『琉球の「自治」』藤原書店、2006年

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屋嘉比収『沖縄戦、米軍占領史を学びなおす―記憶をいかに継承するか』世織書房、2009年

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渡辺豪『国策のまちおこし―嘉手納からの報告』凱風社、2009年

『別冊環:琉球文化圏とは何か』藤原書店、Vol.6、2003年

『環:今こそ、「琉球の自治」を』藤原書店、Vol.30、2007年

 

【関連ウェブサイト】

ゆいまーる琉球の自治