大会テーマ「憎しみではなく、怒りをもって」
2019年 11 月 2 日(土)・3 日(日)
会場:新潟県立大学
開催趣旨
震災後8年を経て福島で開催された2019年度春季研究大会では、わたしたちの暮らす社会の来歴と現在地に照明があてられ、人間の尊厳と平和のための闘いの諸相が浮き彫りとなった。新潟で開催される秋季研究集会では、福島での討議を受けて、さらに別の角度から、平和を破壊し脅かすものの正体について、グローバルかつローカルな視点で探究を進めたい。そして平和のための闘いを支える理路と倫理を確認したい。わたしたちは、憎しみではなく、怒りをもって闘わなければならないし、闘いのなかで排除ではなく連帯をこそ行動原理としなければならないだろう。そのことの意義と困難を研究集会全体を通して参加者のみなさんとともに考えたい。
秋季研究集会の具体的内容については、第一に自由論題部会の充実が挙げられる。パッケージ企画が1つ、個別報告が3つ、全部で4つの自由論題部会、総計で10報告、論題もアートと平和、原発、宗教と政治、歴史と記憶、ヘイト・スピーチ、権威主義、内戦、国際刑事裁判と多彩である。会員の意欲的報告にその場を提供できることは開催校として光栄である。加えてニューカレドニアと西サハラを対象とした企画委員会・分科会のコラボ企画「脱植民地化」部会があり、集会の掉尾には、開催校企画「エネルギーへの欲望が創り出す新潟」に連動し、人間の時代の終焉と惑星規模での未来を展望する意欲的な企画委員会部会「惑星限界の平和学」がある。もちろん2日目午後の平和と民主主義をめぐるワークショップも忘れてはならないだろう。研究集会初日午後にはドキュメンタリー映画上映(『女を修理する男』――2018年ノーベル平和賞受賞者デニ・ムクウェゲ医師の行動の軌跡を描く)があり、開催校企画でも新潟関連のショートムービーの上映が予定されている。さらに10月に山形市で開催されるドキュメンタリー映画祭関連企画や、新潟水俣病や「拉致」関連のセッションも分科会の協力を得ながら開催する。
2日間、新潟市内で過ごしたあとは、休日の月曜日、秋空の下、阿賀や佐渡、あるいは柏崎・刈羽で一人あるいは仲間と連れだってフィールドワークに出かけるのもお勧めである。もちろん実りの秋、新潟の酒と食材で懇親会も盛りあげたいので、会員各位のご参加を心よりお待ち申しあげるしだいである。
日本平和学会第23期会長・開催校理事 黒田俊郎
11月2日(土)
9:10-11:40
自由論題部会1(パッケージ企画)
本部会は、本年6月に刊行された『平和研究』第51号、「特集 平和と音」の執筆者、編者による、ワークショップと報告を組み合わせたセッションである。
「平和と音」特集号は、2016年10月の秋季研究大会において開催した部会「芸術文化と平和 クンストとしての音楽の可能性」での成果をもとに、「音楽」から「音」へと扱う視点を拡大した上で、広く執筆者を募集した。
その結果、2016年の部会でのEDM(Electronic Dance Music)に関する報告を新たなフィールドワークとその後の展開をもとに更に発展させそのスローガンであるPLUR(Peace, Love, Unity, Respect)の理念をカントの平和思想に関連付けた論考、ジェフスキー、カーデュー、高橋悠治、野村誠といった現代音楽における実践活動とそこから見出しうるあるべき社会関係のモデルについて検討した論考、2016年部会の直後にノーベル文学賞を受賞したことで改めて世界的な注目を集めたボブ・ディランのパフォーミング・アーティストとしての本質に関する論考を収録し、2012年6月の春季研究大会における「平和の音創り」ワークショップの意義について論じた「巻頭言」とともに刊行にいたった。
そこで本部会では、「平和と音」について、上述の多様な分野における理論・思想・実践を特集した同号の刊行に合わせて、その到達点と課題を検討し、今後の研究の可能性や展望を切り拓きたい。この目的を効果的に達成するために、音をめぐる数々のワークショップを主催してきた「巻頭言」執筆者である佐藤をファシリテーターとするワークショップと研究報告・討論・質疑応答を有機的に組み合わせることで、本部会を、単なる報告と討論のみにとどまらない、これまでにないインタラクティブな、知性と感性を相互に触発する場となるように構成するものである。
「平和を創る音」ワークショップ:佐藤壮広(立教大学)」
報告:田中公一朗(上智大学)「PLUR カントの『思想』とEDM」
報告:長谷川貴陽史(首都大学東京)「平和と音 現代音楽からの若干の示唆」
報告:芝崎厚士(駒澤大学)
「『ボブ・ディランという音』と平和学 ポール・ウィリアムズのディラン論を中心に」
討論:酒井啓子(千葉大学)
討論:五野井郁夫(高千穂大学)
10:00-11:40
自由論題部会2(単独)
報告:小野一(工学院大学)
「ドイツにおける放射性廃棄物最終処分場問題――「取り出し可能性」論議についての検討を中心に――」
報告:大久保正太郎(神戸大学大学院)
“Governing through Faith? A Foucauldian Critique of the Post-Secular World Politics”
討論:佐藤温子(香川大学)
討論:和田賢治(武蔵野学院大学)
司会:佐藤史郎(東京農業大学)
10:00-11:40
自由論題部会3(単独)
報告:朴仁哲(特定非営利活動法人 社会理論・動態研究所)
「東アジアの記憶の場の探求――朝鮮人「満洲」移民研究のフィールドからの問いかけ――」
報告:前田朗(東京造形大学)
「ヘイト・スピーチ法研究の今後の課題――地方自治体における取り組みの現状」
討論:内海愛子(大阪経済法科大学)
討論:池田賢太(弁護士)
司会:(討論も兼ねる):権香淑(上智大学)
11:40-12:10 昼休み
12:10-14:10 分科会
14:20-15:10 総会
15:20-17:50 部会1(企画委員会・「植民地主義と平和」分科会企画)
「脱植民地化と自己決定(民族自決)の今日的課題――ニューカレドニア(カナキ)の住民投票と西サハラの新和平対話を分析する(Contemporary challenges for decolonization and self-determination: Analyzing the referendum in New Caledonia (Kanaky) and new peace talks on Western Sahara)」
『平和研究』第47号で論じられているように、平和学が関わる多くの問題に植民地主義の視点を導入することはきわめて重要である。たとえば、現在世界的にあらためて台頭している人種主義も植民地支配の歴史および植民地主義と切り離して考えることはできない。植民地支配責任論も今後さらなる深化が求められる。
同時に、植民地主義がけっして過去のものではなく、第二次大戦後、植民地が巧妙に隠され見えなくされてきたことを強調しなければならない。日本社会においては、琉球やアイヌの経験はまさに植民地支配であるが、その認識は広く共有されてはいない。
2020年は国連による3回目となった「植民地義廃絶のための国際的10年」の最終年にあたり、この秋あたりからそれに向けて脱植民地化の達成状況の総括がはじまる。本部会は今日国際的注目を集める2つの非自治地域を例として取り上げ、その自己決定(民族自決)に向けた動向の検証を通じて、21世紀に持ち越された植民地主義廃絶の「遅延」の要因を分析する。
ニューカレドニアでは3回おこなわれる予定の住民投票の1回目が2018年11月におこなわれた。結果は人口の39%を占める先住民族のカナク人主体の独立派が43.6%の票しか獲得できず、独立は拒否された。ただ、独立支持票は予想を上回っており、先鋭な対立が明らかになった。入植や移住が進み、先住民族がマイノリティとなった国の自己決定が直面する難しさを浮き彫りにしたかたちだ。
西サハラは住民投票をおこなうことが1991年の安保理決議で決定し、以来国連の停戦監視・住民投票ミッションが現地に展開している。しかし、モロッコは当地を自国の領土と主張し、国連決議を無視し続け、そうした非協力的なモロッコをフランスが擁護する構図となって事態は膠着している。現地では独立派に対する弾圧が続いている。新国連事務総長のイニシアティブで新たな和平交渉がはじまり、動かない情勢に苛立つトランプ政権の圧力もあって事態は動きはじめたが、交渉の行方はまだ見えない。
本部会では現地情勢及び民族運動の現状に加え、自己決定を阻む国際関係を論じる。ニューカレドニアはニッケル、西サハラは燐鉱石及び水産資源といずれも資源が豊富であり、そこに先進国の利害がからむ。また、太平洋においては中国の進出を阻みたい、北アフリカでは対テロ戦争・移民対策でモロッコと良好な関係を維持したいという欧米諸国の思惑も見え隠れする。こうした国際関係を背景に国連は脱植民地化をどのように前進させることができるのか。そのために市民は何ができるのか。分析と問題提起をおこないたい。
報告:Jacob Mundy(米コルゲート大学)
報告:勝俣誠(明治学院大学名誉教授)
「21世紀の「インド・太平洋」の独立と平和――ニューカレドニアの2018年の住民投票の考察から」
討論:高林敏之(西サハラ問題研究室)
討論:松野明久(大阪大学)
司会:藤岡美恵子(法政大学)
15:20-17:50
ドキュメンタリー映画『女を修理する男』上映会
1996年にコンゴ民主共和国東部での紛争が勃発してから20年以上が経つ。現地では、第二次世界大戦以降、世界最大の犠牲者数となる600万人以上が命を落とし、「世界レイプの中心地」とも呼ばれたほど性暴力が横行している。長期化する紛争の要因の一つに紛争鉱物の搾取が挙げられるが、それと性暴力とグローバル経済が密接な関係性にあることはほとんど知られていない。
2018年ノーベル平和賞受賞者のデニ・ムクウェゲ医師は、暗殺未遂にあいながらも、これまで5万人以上の性暴力の生存者を医療、心理的、そして司法的な手段を通して、献身的に治療してきた。
紛争鉱物、グローバル経済と組織的な性暴力の関係にはじめて焦点を当てたドキュメンタリー映画『女を修理する男』の上映後、コンゴの鉱物資源の研究に従事してきた華井会員がコンゴの紛争と日本との関係性について映画解説する。
司会:米川正子(筑波学院大学)
解説:華井和代(東京大学)
18:00-20:00 懇親会
11月3日(日)
9:10-11:40
部会2(開催校企画)
環境と平和――エネルギーへの欲望が創り出す新潟
東日本大震災は地震や津波といった自然のエネルギーがヒトのエネルギーへのあくなき欲望をさらけ出し、世界を破壊する可能性を改めて示した事例だといえる。これにより、近代化へと向かう欲望、ヒトという種の欲望について環境影響の点から再考が促されている。新潟は明治の開国以来、石油産出県にはじまり、水力や原子力によるエネルギーの生産地となってきた。こうしたエネルギーへの欲望が新潟という場所を、そこで暮らす人びとを揺り動かしてきたのである。新潟においてはこの欲望をどう見定め、いかにコントロールできるのかが問われ続けている。
開催校企画として招聘する報告者の吉原は、新潟を起点とする河川と電線を追いかける映像で、自然とエネルギーの流れをたどった美術家である。また、横山が勤務する新潟日報社は近年、新潟を140年の社史を通じて読み直し、エネルギーと新潟の関係を概括している。これまで水俣、原発、裏日本について取材してきた経験から、新潟とエネルギーについてお話しいただく。そして、映画「阿賀に生きる」の製作委員会代表として広く知られ、河川工学を専門とする大熊は、エネルギーがローカルの暮らしとどのように関わってきたのかを長く思索してきた。川から新潟のこれまでを読み直していただく。最後の報告者・佐々木は3・11後に「おらってにいがた」という自然エネルギーの会社を設立し、エネルギーへの欲望に新たな道筋をつけはじめている。「市民」と「エネルギー」を接続させる試みとその意図についてお話をうかがっていく。
以上、4人の報告者をお迎えし、新潟とエネルギーという点から幅広く、環境と平和について考えていきたい。
報告:吉原悠博(写真館主・美術家)
「映像「培養都市」――首都と地方のディスタンス――持続可能な社会とは?」
報告:横山志保(新潟日報論説編集委員)
「原子力発電と信濃川水力発電――新潟は国策とどう向き合ったのか」
報告:大熊孝(新潟大学名誉教授)
「阿賀野川・信濃川の水力発電形態と新潟水俣病――「民衆の自然観」と「国家の自然観」の軋轢」
報告:佐々木寛(新潟国際情報大学、「おらってにいがた市民エネルギー協議会」代表理事)
司会:小谷一明(新潟県立大学)
9:10-11:40
自由論題部会4(単独)
報告:富樫耕介(東海大学)
「紛争後のチェチェンにおける権威主義体制下の「平和」――「平和」をめぐる現地住民の言説の比較・検討――」
報告:Bastola Susmita(大阪女学院大学大学院)
“Nepalese Foreign Migration: Consequences of Armed Conflict”
報告:藤井広重(宇都宮大学)
「アフリカと国際刑事裁判所をめぐる関係性についての実証研究 ――アフリカ連合とローマ規程締約国会議での議論に着目して――」
討論:井上実佳(東洋学園大学)
討論:中内政貴(大阪大学)
司会:中村長史(東京大学)
11:40-12:10 昼休み
12:10-14:10 分科会
14:20-16:50
部会3(企画委員会企画)
惑星限界の平和学――非ヒトとの共生のために
2019年5月にハワイのマウナロア観測所で、地球温暖化の一因である二酸化炭素(CO2)の濃度が初めて415ppmの大台を超えた。2018年には国連気候変動枠組条約の第24回締約国会議(UNFCCC COP24)が開かれたが、アメリカの脱退のために問題解決には程遠い。こうした致命的な対策の遅れの原因には、より根源的には「人間が他の生命の支配・搾取・破壊」の上にその豊かさを築き上げることが当たり前であるとの暗黙の前提がある。世界には様々な問題が山積するも、依然として多くは人間のことしか考えられない状況にある。
惑星限界(planetary boundary)とは、人類の活動がある閾値または転換点を通過してしまった後には取り返しがつかない「不可逆的かつ急激な環境変化」が起きてしまうことを示す鍵概念である。部会テーマ「惑星限界の平和学」は、人間が国境であったり経済成長であったりの数値は気にかけるが、地球の限界というものに対して、ほとんど目を向けられていないことへの警鐘の意味が込められている。
本部会では、ヒトが生きること自体によって繰り出されるこの他の生への暴力が、どのように連鎖しながら、深刻度を増しているのかについて経済学・政治学・社会学・農学等から多面的に検証する。その上で、この絶望的な状況を転換するために、何がなされなければならないのかを考える好機としたい。
報告:中野佳裕(早稲田大学地域・地域間研究機構次席研究員)
報告:土佐弘之(神戸大学)
「人(資本)新世におけるポスト・ヒューマニズム:類としての人間を超える/分断する政治」
報告:古沢広祐(國學院大學)
討論:羽後静子(中部大学)
討論:横山正樹(フェリス女学院大学名誉教授)
司会:勅使川原香世子(明治学院大学国際平和研究所研究員)
14:20-16:50
部会4 ワークショップ(平和教育プロジェクト委員会企画)
トレーナーズトレーニング
民主主義を機能させる「やり⇔とり力」:「シカト力」を超えてActive citizenになるために
戦争のない時代が来る。そんな期待を裏切り続けている現代社会。世界では武力紛争や超法規的殺害などの直接的暴力が厳然として存在している。身近なところでは、いじめやヘイトスピーチ、そしてジェンダー差別、非正規雇用にブラックバイト……、挙げればきりのないさまざまな暴力がはびこっている。しかし、わたいたちはそんな暴力に敏感でいるだろうか。暴力を自分ごととして考え、語り交わしているだろうか。世界で起こっている暴力には無関心、身の周りの暴力には気づくことすらなく生活している、そんな「シカト力」を身に付けていないだろうか。問題を自分事として捉えない「受動的シカト力」は、誰かが何とかするだろう、強い人が自分を幸せにしてくれるかも、というかたちで、そして、それが国家など、社会におけるさまざまなスーパーパワーによる、“見せたくないものを見せない”「能動的シカト力」と組み合わされば、その社会は、底が抜けたように独裁へとひた走る。
民主主義社会では、わたしたち一人ひとりが主役だ。わたしたちが考え、語り交わし、合意を形成してゆく。社会に働きかけ、望む社会をつくっていく。それには社会にみずからを開き、問題の解決方法を考え、他者に働きかける「やり⇔とり」する力が必要となってくる。
平和な社会を築くActive citizenになるために、みずからの、そして他者の被害者性に気づき、「シカト力」を打ち破り、民主主義のベースである「やり⇔とり力」を身につけるワークショップをおこないたい。
今回も2019年6月の福島に続き、アクション・リサーチを試みたい。アクション・リサーチは現場の課題を克服するため、調査者と実践者が互いに協働し、実践と評価を繰り返す過程である。前回のワークショップでのアクション・リサーチによって導かれた評価から今回のワークショップの内容を改善し、実践、さらなる評価を試みる。
ファシリテーター:奥本京子(大阪女学院大学)、笠井綾(宮崎国際大学)、高部優子(横浜国立大学大学院)、暉峻僚三(川崎市平和館)、中原澪佳(新潟大学大学院)、松井ケティ(清泉女子大学)
リサーチャー:杉田明宏(大東文化大学)、鈴木晶(横浜市立東高校)、堀芳枝(獨協大学)、山根和代(平和のための博物館国際ネットワーク)