第7回日本平和学会平和賞・平和研究奨励賞受賞者

第7回日本平和学会平和賞/山城博治

 

第7回日本平和学会平和研究奨励賞/根本雅也『ヒロシマ・パラドクス――戦後日本の反核と人道意識』(勉誠出版、2018年)


第7回 平和賞・選考理由

 

対象者:山城博治氏

 

 軍事主義、環境破壊、性暴力、自己決定権の蹂躙など、人間の生・営みを根幹から脅かす事態が重層的に顕現する沖縄の現実は、2014年夏に着手された名護市辺野古での米軍新基地建設事業を機に、さらなる深まりを見せている。日本政府は辺野古を「唯一の選択肢」と位置付け建設事業を推進するものの、沖縄の人々は、国政・地方・知事選挙、県民投票などあらゆる機会をとらえて、反対の意思を表明し続けてきた。現場では、機動隊や海上保安官らによる強制排除を受けながらも、工事の進行を阻止しようと、連日、基地のゲート前で、積出港で、あるいは海上で、多くの県民たちの抵抗が続いている。

 平和運動センターをはじめ多様な平和運動が連携する沖縄平和市民連絡会議を軸に展開されてきているこの抗議行動は、国家の強大な暴力と軍事主義にあらがう、現代世界における代表的な市民的抵抗の一つに相違ない。その要の存在であり続けてきたのが同センター議長を務める山城博治氏である。米軍北部訓練場のヘリパッド建設に反対し、東村高江の夜のゲートを一人で守り続けた時期も長かった同氏は、座り込み、基地封鎖など自らが主導する行動に託した想念を次のように表白している。

 

  たたかいの中でこそ民主主義が鍛えられるのだとすれば、米軍の新しい基地を拒む

  県民の抵抗は、沖縄の民主主義の歴史に新たなページを加えることになるに違いない。

  私たちは非暴力だけれども、決して後に退かない。将来の沖縄を生きる世代に、基地

  のない沖縄を残すとともに、自分たちの運命は自分たちで決めていくという沖縄人の

  気概を残したい(『辺野古に基地はつくれない』(共著、岩波ブックレット、2018年))。

 

 非暴力と自己決定権に依拠した人権・民主主義の思想にその行動が確固として裏打ちされていることがうかがい知れる。山城氏らが重ねてきた抗議行動は、新基地建設事業の工期を遅らせるという直接的な効果をもたらすだけでなく、日本の内外に連帯の環を広げ、「本土」との関係にあっては、日本の安全保障・民主主義のあり方を根源的な次元で問い直し、沖縄に暴力が集中する差別的構造のありかを深く認識させる契機となって立ち現れている。

 軍事主義・軍事基地なき沖縄が東アジアの平和の基礎と考える山城氏らの実践する抗議行動には、顕著な特徴が見て取れるが、その主たるものは次のように集約できる。第一に、非暴力を行動の理念として徹底して追求していること。第二に、不正義と闘う手段においても非暴力性を徹底して追求し、現に実践していること。第三に、直接に対峙する相手を殲滅すべき「敵」とみるのではなく、闘争の根幹に共通の良心・人間性に対する信頼を据えてきたこと。そして第四に、沖縄の民意が蹂躙される事態を是正するため、日本国および米国に向けて、「人民の自己決定権」という現代国際法上の基本原則に従った真の遵法行動をとるよう促す積極的な意味合いを込めていること、である。山城氏らの絶えざる非暴力抵抗行動を通じ、沖縄に対して剥き出される国家の暴力の実相が確然と反照射されてもいる。

 これらの主特徴に鑑みるに、山城氏らの抗議行動は、まさしく、世界各地で重大な不正義と闘う多くの人々が具現化してきた「非暴力直接行動」あるいは積極的な形態の「市民的不服従」の現われというべきものにほかならない。これを別言すれば、普遍的な法・正義の理念の実現に向けた非暴力による変革の要求であり、巨大な力・不正義に抗する徹底した平和主義の表出といってよい。そのようなものとして、同氏らの抗議行動は、人類が各所で積み重ねきた誇るべき非暴力市民的抵抗の系譜の中に明確に位置付けられてしかるべき格別の意義を有しているといえる。

 山城氏は、2016年10月から翌年3月までの5か月間にわたり家族との面会も許されないまま身柄を拘束され、その後、最高裁まで争ったものの、抗議のさなかの行為を理由に有罪に処せられ、平和運動に従事することを制約される状態におかれ続けた。国連人権理事会の特別手続を担う複数の任務保持者たちは、同氏の身柄拘束に対して緊急アピールを発し、恣意的拘禁作業部会は調査権限を行使して発出した「意見」において、これを国際法違反であると判じている。また、意見・表現の自由に関する特別報告者は、沖縄の平和運動に対する日本政府の圧力を憂慮するとともに、同氏に対する有罪判断が同氏の有する平和的集会の自由および表現の自由の行使を制約し、さらに集会の自由の行使をより広い範囲で妨げる危険性があることに深刻な懸念を表明している。正統な非暴力直接行動に訴えた同氏への刑事制裁は、国際法により保障された平和運動の不当な抑圧として許容されないということである。山城氏の自由の剥奪は、逆説的な形ではあれ、平和・人権の実現にとって同氏の行動・存在がいかに大きなものとしてあるのかを、このうえなく鮮明に伝えるものでもある。 

 

 21世紀が深まる今日、世界のいたるところで平和が脅かされ、人びとが人間の尊厳と平和のために闘っている。沖縄にあって、平和を破壊し脅かすものの正体と平和に向かう闘いの意義と希望を照らし出す行動に従事してきた山城氏らの姿は、それを端的に伝えるものであり、平和運動におけるその貢献には顕著なものがある。もとより、軍事主義に抗する沖縄の非暴力市民的抵抗は、年齢や性別などの違いを越えて継承され、多様な人々によって担われてきたことはいうまでもない。当選考委員会は、そのすべての人々への思いも込めて、山城博治氏に平和賞を授与するのが適切であると判断した。

 

                                  2019年6月21日

                         平和賞・平和研究奨励賞選考委員会


第7回 平和研究奨励賞・選考理由

 

対象者:根本雅也氏

対象著作:『ヒロシマ・パラドクス――戦後日本の反核と人道意識』(勉誠出版、2018年)

 

 平和研究が発展する過程で、核兵器への批判は重要な研究課題のひとつであった。核廃絶をめぐるアプローチについて国々の間で溝が深まる現在において、核兵器廃絶を求めた人々の歩みがどのように力を持ち、同時になぜ十分に力を持ちえなかったのかに批判的に向き合うことは、価値ある取り組みである。

 根本氏による『ヒロシマ・パラドクス――戦後日本の反核と人道意識』(勉誠出版、2018年)は、社会学の手法を用いて著された原爆研究であり、かつ、日本社会研究である。本書は、広島において核の普遍主義がどのように形成され、展開してきたのかを分析し、その背景と影響を明らかにする。そして、普遍的な経験として位置づけられてきた被爆者の体験を、被爆者の視点から見直すことで、核兵器のもつ暴力性をあらためて明らかにしている。

 本書で言う核の普遍主義とは、原爆投下やそれによってもたらされる惨禍を普遍的な次元で語る態度であり、核廃絶は人類を救う行為であると位置づける人道主義的な態度である。根本氏は、このような普遍主義は、広島の復興に道筋をつけ、また、原水爆禁止運動が分裂する中で政治的対立を乗り越えるために作り出されたもの、すなわち「地域主義的」な要請に基づく「作為的」なものであったと指摘する。そして根本氏は、この普遍主義の作為を明らかにする過程で、被爆問題を語る際に政治的な立場そのものを避けるという「非政治化」アプローチが採用されたことを指摘する。例えば、原爆投下に関わる米国や日本の責任は問われなくなっていった。そして、広島平和記念公園や平和記念式典は「祈りの場」と位置づけられ、社会運動が排除されていった。非政治化はすなわち、政治的な立場をもつ者を排除する論理でもあった。この非政治化の過程は広島市政がけん引し、広島市政の権力の拡大をもたらした。そして根本氏は非政治化によって、広島において人々が平和や核兵器に対して抽象的な理念を学ぶにとどまり、具体的に何をどうすべきかについて、自ら考えることを阻害する結果となったと評価している。

 続いて根本氏は、近年広島において重要視されている「被爆体験の継承」を取り上げる。核の普遍主義によって、被爆体験は継承すべきものという規範を生み出し、継承のための様々な制度が生まれている。根本氏は、このような継承の制度化に対し、なぜ被爆体験を継承すべきなのかという根本的問いかけが排除されてきたことを指摘する。そして被爆体験から人びとが批判的思考を学ぶことではなく、継承という規範に無批判に従うことで、被爆体験を形式的・儀式的に受け入れる継承のあり方が広がっていると批判する。また、被爆体験を継承すべき遺産と位置づける姿勢は、被爆体験を集合的に捉えることを意味している。しかし、根本氏のインタビューによって記述される被爆者の語りにあるものは、むしろ、それぞれに異なる、原爆との折り合いのつかない痛みである。このことから根本氏は、被爆体験に向き合う際には、人類や地域といった共同体を強調するのではなく一人一人の人間の視座に立ち、人の生を損なう暴力に対峙するものであるべきだと主張し、普遍主義的に被爆体験をとらえる視座を批判する。

 本研究が取り上げる課題について先行研究は、核の普遍主義はナショナリズムと結びつき、日本という主体が何をしてきたかを後景化したことを指摘した。しかし本研究は、広島の普遍主義は地域的な要請から生まれた、地域主義的・作為的なものであることを新たに指摘した。

 また本研究は、これまでの広島における核兵器廃絶を目指した運動のあり方、特に広島市の取り組みへの批判的視座を提供している。被爆者による被爆体験の語りは、核兵器禁止条約を実現した核兵器廃絶国際キャンペーンが採用した人道性アプローチに、具体的な根拠を与えてきた。しかしながら、本書を通じて根本氏は、普遍性を強調することで、国家の責任が問われる機会が失われ、かつ、被爆者個人の体験が後景化されていることを明らかにした。さらに、広島市が人々の対立を乗り越え統合するために採用した非政治化のアプローチは、むしろ目標の実現にむけた行動を阻害する影響があることも描き出している。

 核兵器を批判的にとらえ、その廃絶に向けた根拠を科学的に導くことは、日本平和学会発足の重要な動機であるとともに、平和研究の重要な研究課題のひとつであり続けてきた。国際社会において、核兵器への依存が再び高まる現在において、これまでの抵抗のあり方を再検証した根本氏の研究は、核兵器廃絶に向けた抵抗運動の今後のあり方を定めるために示唆を与える。また。根本氏は、先行研究ならびに現状を批判的に捉えるとともに、丹念に人々の声をひろい、人々の痛みに寄り添うことで、本研究を取りまとめている。このような研究姿勢は、今後の平和研究がさらに発展するためにも、重要なものである。平和研究とは、社会構造の中で見過ごされる人々の痛みに光を当て、そのような現状に抗うための論理を生み出すことを目指すものであるからである。さらに今後の課題として本書の論点を支える「普遍主義」、「地域主義」、「共同体」といった用語を、本研究の成果を海外に発信し、国際的討議を可能にするために一層掘り下げる作業を期待したい。

 本選考委員会は、根本雅也氏の研究姿勢と成果を高く評価するとともに、今後のますますの研究の発展を期待して、『ヒロシマ・パラドクス――戦後日本の反核と人道意識』に平和研究奨励賞を授与することが適切であると判断した。

 

2019年6月21日

平和賞・平和研究奨励賞選考委員会